【星のかけら】
没入体験というのが、いっとき話題でしたね
今もでしょうか 恥ずかしながら流行には疎くて
小学校のグラウンドに寝転んで、夜空を眺めたことがあります
田舎なので街のあかりはほとんどなく、
住宅のあかりだけが眼下にちらちらと見える程度
よく晴れた夏の夜でした
流星群が見られるというので、知人と、いくつかの人影にまぎれてやって来たのです
見上げた空間に無数の光る点々
大きいもの、小さいもの、集まって大きく見えるもの、ぼんやり雲のように光るもの
夜空という天井にそれらが貼り付いているわけではないことを、大人である私は知っていました
ずっとずっと遠く、気が遠くなるほど遠くに、あの点はある、こんなにもたくさん
永遠に手が届かない場所、巨大な恒星、
暗闇の中でそんな途方もない事実に思いを馳せると、
まるで空に落ちていくようでした
寝転んでいたので、足の裏が地面から離れていたからでしょうね
でもあれは、浪漫とかではなく、恐怖です
もちろん没入でもない
小さすぎる自分とこの星の歴史を想像して、
漠然とした、それでいて深い、逃げられない大きな静寂に慄きました
まだその事実を知らない我が子が、羨ましくなりました
【Ring Ring...】
もしもしおかあさん、という絵本を読んで、
かなしくてかなしくて泣いた幼い頃の記憶
りーん、りーんとなるダイヤル式の黒電話の
あのお話も冬だったかな、
こんなふうに雪のちらつく季節だったような
そういえば、
夫の映像に音楽をつけてパロディ風に編集したものを
息子に見せたところ、
大いに泣かせてしまったことがあった
かなしいからみたくないと泣きながら逃げていった
我が家は泣き虫のようだ
【きみといっしょに】
挫折を経験したことはあるか
負けたとか思わなかったのですか
自暴自棄ってなったことない?
ぜんぶある。
たぶん、もちろん、ぜんぶある。
ぜんぶあるけど…
挫折も、敗北も、脱落も、失敗も、否定も、軽視も
「じゃないほう」になったこともたくさんあるけど、
いまはまだ途中だから、
済印を押すっていうのか、経験済みっていっていいのかまだわからないな。
若い頃はひとつひとつに傷ついて、それを隠さないといけなくて、立ち向かわないといけなくて
だけどそれこそが輝いている理由だって、今ならわかる
途中じゃないことなんてありえない
数十年あと、いつか私の命がおわるときには
なんだかそんなことぜんぶ忘れてるような気もするし
肉と果物は腐りかけが美味しいっていうし
時間だけが解決してくれることもあるって知ってるし
今日もうさぎはかわいいし5年前もかわいかったし
その時間の流れや心の変化を、ちゃっかり見つけて笑い合えることが、お互いを愛させるんだ
【冬晴れ】
きんと澄んだ空気に、透き通ったうす水色の空
日差しもあたたかく感じたりなんかして
白い点々を描いたようなナンキンハゼの枝に
ヒヨドリが停まって機嫌よさそうに鳴く
山肌に沿って広がる住宅にも、
何年かあとの君の耳にも、きっと届く
あぁ、いい天気だなぁ
【しあわせとは】
家族が膝に毛むくじゃらでふわふわの、かるくて小さいうさぎをだっこしたら、
無口な彼女は、声も出さずにただどきどきとし、
うしろ足に触れるとぷるぷると怯えたようにふるえて、
真っ黒な目をとじる
ぎゅっととじたまぶたのまわりを覆うやわらかくて軽い被毛を、
私が慎重にカットするのをおとなしく待っている
ついでにほっぺたの毛と、おでこのトサカみたいに伸びた毛も切っちゃう
目にかかると涙がたくさん出るからね
おしりとあしのうらとおててと、
左の肩のあたりについたうんちをカットして取り除いたら、
ほっとしたような目で私を見てウトウトしたかと思ったら
家族の手の中で空中を走るみたいにあたふたしたあとに、やっとゲージに解放される
そんなうさぎが、大好物のおやつを食べに私のそばに来るとき、
懸命に走ってくる顔の輪郭がとてもうさぎで、
短い毛の下の体温がほんのりと感じられて、
とても愛おしい
短くなった前髪のおかげで丸くて黒い目に部屋の照明が当たってきらきらする
かわいいねぇと言うと、目を輝かせて
おやつを貪り食べる
かわいいねぇ
ほんとうにかわいいねぇ
今まででいちばんかわいいねぇ
こんなにかわいいうさぎは区内にはいないかもねぇ
など言う 言いまくる
しあわせとは、こういうことだ