【さよならは言わないで】
あなたはひとをすきだから
周囲にいる人に気を配っている
手の届く範囲にいる人に心を配っている
いつだって、それがあなたの貫いてきた強さだ
あなたの信じる誠実さ、謙虚さ
よく見ているし、よく気がつく
そう、気がついてしまう
ひとは、あなたがひとを思うほどあなたを思ってはいないことに
ひとは、あなたがひとを大切にするほどあなたを大切にはしないことに
あなたの心はいつだってかなしくて
やはりそれはとてもさびしいのだ
そんなこと言わないけど、ぜったいに言えないけど、
ほんとは、もっと私にも気を配ってほしいのだ
ひと言で何かを覆せるほど生きてもいない
笑いで相手を黙らせるほど個性もない
理屈で煙に捲けるほど瞬発力もない
力を逃していなすほどの熟練の技術もない
そんなあなたをとても好きだ
いつもすこし傷ついたような表情をしていて
いい目だね うん、いい、悪くない
【距離】
適度な距離、というのが必要だ。
離れすぎても近づきすぎてもいけない。
ということに気づいてからずいぶん経つのに、その適正な距離というのがなかなか難しい。
知り合ってまもない相手だと距離をとって会話を始めるけれど、親しみを感じたらうれしくなって一度に近づきすぎたり、相手のこわばった目にハッとして慌てて離れすぎたり、今でもそんなことばかりでがっくりくる。
ところが、そんなことのくりかえしでも、自分らしくてまぁ仕方ないかな、これもいいかなんて思うから、年齢を重ねることっておもしろい。
【微熱】
天井の格子模様がおちてくる
なにかが目の前に迫って息ぐるしくなる
夜中にそれがくると、いそいで枕元の電気をつけて
枕元に置いている無邪気な少年漫画を開いた
当時の私の枕カバーを外すと涙のあとが染みになっていて
ひとりで泣く娘を思ってこころが痛んだと母が言った
私はあわてて、よだれだったんじゃないかと笑った
母はそれを信じたのか、安堵していたし
隣で会話を聞いていた姉は自分のほうが泣いていたのに心配されないと憤った
私はひとりで泣く子どもだった
大好きな家族のだれひとり、私のせいで悲しませたりしない
どうしてなんだろう
微熱のように恍惚とした陽炎
あれはいつだったか、遠くに揺れて人影が笑う
【太陽の下で】
「脛かじって荒れておまわりの世話になって親泣かせたけど本気出したら東大受かったみたいな本あるやん、あれな、そんなもん、ずっと真面目にやってきてな、親に心配かけんかったやつのほうがエラいに決まっとーやんなぁ?めっちゃすごいと思わん?なぁ?」
と
煙草の煙を吐きながら太陽の下で笑ったひと
【落ちていく】
飛んでいく風船から見たら、落ちていくのは私かも
よく迷子になる子は「ママはよく迷子になる」って言うんだってさ
落ちていく
マーブル模様の空に落ちていく
踊り抜けたら私ゼブラ柄になっているかも
ドット柄でもいいよ
ちょっときもちわるいけど
それも可笑しくておもしろい気もする