【麦わら帽子】
私は彼をとても信頼しているし、とても頼っているし、誰よりも私を知っているとわかっているし、
愛も情もあるし、近い人生を隣で歩く仲間意識もある
会話もするし、会話しない時もある
じょうずに私を甘やかし、機嫌をとり、
そのことでもしかして消耗していたとしても
見放したりせずに近くで笑っていてくれる
もし男性として生まれるならこのひとみたいになりたかったと思うひとのうちのひとりだ
それでも、「わたし」に戻る時間は必要で
その時間はひとりで、ささやかな嬉しさやおもしろさを存分にたのしむ
その時間しか埋められない穴が確実にある
なぜなら、私と彼は別の経験を経て出会ったのだから
そういうものなのだ
麦わら帽子がすきだった
彼が、きみには似合わないと笑った麦わら帽子
【終点】
ある私鉄の終点は、降りると改札階が二層にわかれている
わかりにくさで有名な地下街にたどり着くまでの、
その駅そのものの構造もまたわかりにくい
もう一本の私鉄、地下鉄が3 本、JRのターミナルもあって
私にはもうなにがなにやらわからない
終点は、あるいは始点だ
始まりもおわりも、混沌としている
そしてときおり、無性にあの街に行きたくなる
【目が覚めるまでに】
忖度や数字の感覚や漢字やスペイン語や裁縫やひとづきあいや
あらゆることが得意な、
完璧な大人になっていますように
ついでに弱音も上手に吐けますように
涙もろかったりよく笑ったりしますように
あと胸も大きくて足は細くて顔も美しくて
そんななのに人から嫌われませんように
【病室】
最初の記憶は父方の祖父
そのつぎは母方の祖母
そのつぎは夫の祖母
そのつぎは母
そのつぎは父方の祖母
そのつぎは叔父
…けっこう見送ってるな
姉の子どもたちを迎えた日
息子と初めて会った日もそう、
しあわせとかなしみが隣り合わせの
不思議なあの空気
百万ドルの夜景を見下ろす丘の上の病院、
真っ白な壁を這っていた虫、
まだ幼かった無邪気な息子の笑顔、
明け方の廊下のあかり
くるしくなって目をぎゅっと閉じる
思い出、たいせつな
【明日、もし晴れたら】
私の住む地域では雨がほとんど降っていないことになる
晴れはしばらくいいかな
穏やかな雨が降ってほしい