割れた鏡
散乱する
それ以外はなにもない
薄汚れた白い一室
それが私のすべてだった
歩くと足が痛むし
横になろうとも体中が痛い
それでも気にせず
毎日出てくる食事を食べていた
ドアの向こうから
いつもと同じ白い
白いご飯
食べているうちに
だんだん口がジャリジャリする
飲み下すと喉が痛い
白いコップを手に取ると
中に割れた鏡がパラパラと
それでも気にせず水を飲む
だんだんお腹も痛くなる
気にしないで横になると体中が痛む
私はまた今日を終える
自分の足音だけが響く。
街灯が道を少しだけ照らす。
街灯に灯されず、ぼんやりとした輪郭の視界と。
街灯に灯されて、自分の足元にふらつく影と。
片手には、かれこれ4年は使っているバックと。
片手には、また何も掴めなかった手のひら。
ポッケに入った社員証が、やけにうっとおしく感じる。
頭には、ぐるぐると言葉が行き交う。
顔とか声とか文字とか。
喜びとか、がっかりとか。
嬉しそうな部下の顔とか、失望した上司の顔とか。
あれをやるには、これを進めるには。
出すものは何が必要で。
そのためにはあれを考えなきゃで。
ただ、目に入るのは足と影で。
白と黒と。蛍光灯で照らされたぼんやりとした、くすんだ茶色の靴と紺のスーツ。
無感情に。無意識に。
足は動きを止めない。
今まで、何人とすれ違ったのかすら興味がない。
どこらへんを歩いているのかもわからないまま。
視界になにか飛び込んでくる。
少し前の、膝辺りに。
黒い。
黒い。
髪が。
チラっと。
見えた気がした。
ふと、跳ねるように前を見る。
いつもの曲がり角。
突き当りを左に曲がると、自宅が近い。
私は、さっきの髪が右に曲がったように感じたから。
右を見てみると、少しだけ暗くて。
ちょっと行った先に鳥居が見えた。
特に、意味もなく、ただなんとなく。
足は、右を向いていた。
鳥居をくぐると、息苦しさすら覚える暗闇が広がっており、
これ以上進むのがためらわれた瞬間。
耳元で、何かが聞こえた。
パッとそちらを振り向くと、少しだけ明かりがみえた。
何故か吸い込まれるように、歩みを早めた。
大丈夫。
はやる鼓動を落ち着かせながら。
暗闇としか見えなかった木々が、開けていった。
目の前を埋め尽くすような、輝く光の奔流。
人が生きている。営んでいる。
➖➖➖➖街だ。
私がさっきまでいたとこも、まだ煌々と。
みんな生きていて。
こんなにちっぽけな。
優しい風が、じっとりと汗ばんだ体を撫でる。
私は、しばらくその場で立ちすくみ。
振り返ると、「前」を見つめ、まっすぐ帰路につく。
先程の曲がり角には、花が一輪。
いつからあるのか知らない私は、なんとも言えない気持ちになりつつも。
頭を下げて。上げて前に進んだ。
著そらのけい
私は、私の半生を懐疑的に振り返る。
なぜ物足りなさがあるのだろうかと。
金はある。妻もいる。子供も成長した。
家もあり、仕事も満足している。
それなのに。
これは、満ちたものが持つ甘えというものなのだろうか。
満足しているが故に、不足を求めているとでも言うのだろうか。
否。否である。
決して否だと心から。
会社の喫煙スペースで煙を吐き出しながら、私は頭を振った。
そうだ。
あのとき、私は流れに身を委ねて、自分の答えを他人に任せたからではないか。
進学を。就職を。恋愛を。そして。
その場面で、出来る事の最大限をやってきた自負はある。
しかし決断をしなかった。
故に。
故にと、私は心に虚ろを抱えているに違いない。
タバコの灰が地面に落ちていく。
私は、喫煙スペースを出た。
さあ面接だ。
何を聞くべきかは決まっている。
なぜうちを選んだのか、と。
自分は、自分で選んでいないことをひた隠しながら。
著そらのけい