自分の足音だけが響く。
街灯が道を少しだけ照らす。
街灯に灯されず、ぼんやりとした輪郭の視界と。
街灯に灯されて、自分の足元にふらつく影と。
片手には、かれこれ4年は使っているバックと。
片手には、また何も掴めなかった手のひら。
ポッケに入った社員証が、やけにうっとおしく感じる。
頭には、ぐるぐると言葉が行き交う。
顔とか声とか文字とか。
喜びとか、がっかりとか。
嬉しそうな部下の顔とか、失望した上司の顔とか。
あれをやるには、これを進めるには。
出すものは何が必要で。
そのためにはあれを考えなきゃで。
ただ、目に入るのは足と影で。
白と黒と。蛍光灯で照らされたぼんやりとした、くすんだ茶色の靴と紺のスーツ。
無感情に。無意識に。
足は動きを止めない。
今まで、何人とすれ違ったのかすら興味がない。
どこらへんを歩いているのかもわからないまま。
視界になにか飛び込んでくる。
少し前の、膝辺りに。
黒い。
黒い。
髪が。
チラっと。
見えた気がした。
ふと、跳ねるように前を見る。
いつもの曲がり角。
突き当りを左に曲がると、自宅が近い。
私は、さっきの髪が右に曲がったように感じたから。
右を見てみると、少しだけ暗くて。
ちょっと行った先に鳥居が見えた。
特に、意味もなく、ただなんとなく。
足は、右を向いていた。
鳥居をくぐると、息苦しさすら覚える暗闇が広がっており、
これ以上進むのがためらわれた瞬間。
耳元で、何かが聞こえた。
パッとそちらを振り向くと、少しだけ明かりがみえた。
何故か吸い込まれるように、歩みを早めた。
大丈夫。
はやる鼓動を落ち着かせながら。
暗闇としか見えなかった木々が、開けていった。
目の前を埋め尽くすような、輝く光の奔流。
人が生きている。営んでいる。
➖➖➖➖街だ。
私がさっきまでいたとこも、まだ煌々と。
みんな生きていて。
こんなにちっぽけな。
優しい風が、じっとりと汗ばんだ体を撫でる。
私は、しばらくその場で立ちすくみ。
振り返ると、「前」を見つめ、まっすぐ帰路につく。
先程の曲がり角には、花が一輪。
いつからあるのか知らない私は、なんとも言えない気持ちになりつつも。
頭を下げて。上げて前に進んだ。
著そらのけい
6/11/2022, 3:41:14 PM