「人類がまだ月に行けなかったほどの遠い古の話だが」
「ああ」
「月には兎や蟹や鰐などの生き物と、若い女性や老婆、あとは月の女神が住んでいると考えられていたらしい
「楽園か何かと思ってたんだろうか」
「なんにも住んではいなかったのにな」
「だな。そこに初めて住んだのは結局人類で、」
「今や何者も住んではいない……」
「あるのは廃墟と、過去の亡霊たちくらいだな」
「あとはおれたちのような、」
「亡霊のなりそこない」
「……虚しいものだな」
「"賑やかな亡霊"もいるから、しんみりはしないかもな」
「いいや、あれは"騒がしい"。被害をもたらすからな」
「はいはい、冗談言ってる場合じゃないってね」
「笑えないがな」
「すんませんね。まぁ、今日もちゃっちゃとやりましょっかねぇ」
「ああ。……そうだな、古の月の女神にでも祈ってから行くか」
「いいねそれ」
「"一日も早く、亡霊が鎮まりますよう"」
「"一日も早く、昔みたいに笑える場所になりますよう"」
——————
月に願いを
「わたしを愛しているというのなら、今すぐここで自害してみせなさい」
—————————————
愛があれば何でもできる?
生まれ変わったら、蒲公英の綿毛になりたいな。
そして、流れ者として、あちこちを旅するのだ。
良い土地があれば、そこに落ち着いてもいいだろう。
そんな素晴らしい期待と希望で胸を膨らませ、わたしは今、飛び立った。
ああ、風が気持ち良い。
————————
風に身をまかせ
「うちの子かわいい!このまま大きくならないでほしいなぁ〜」
……なんて、幼子に対して、冗談でも言ってはいけません。
何故ならその子はあなたの期待に応えようと、成長を止めてしまうからです。
体はいやでも大人になりますが、その子の心は。
心はきっと、二度と大人になることは無い。
子供は純真。純粋。素直。無垢。あなたの全てをそのままに受け取る。
"言霊"という言葉もあるのです、どうか、どうかその口に出す言葉は、よくよく考えたものにしてくださいますよう。
———————
子供のままで
「行ってきます」
きみはそう言って、わたしに手を振る。
わたしは手を振り返して、答えた。
「行ってらっしゃい」
いつもの風景。
けれど、なんだろう。なにか引っかかる。
きみを、行かせてはいけないと。なぜかそう考えている。
きみを引き留めようと、手を伸ば——せない。体が動かない。
どうして、声も出ない。きみを、なんだか、止めなくっちゃあいけないのに。
なんで、なんで、これじゃあきみを、
「っ!! 、……」
夢。古い記憶が元の、夢。
それを理解して、深く、深く、溜息をつく。
あの日から——きみが帰って来なかった、あの日から。
「……一体、何十年経ってると思ってるんだか」
——――――――――――――
忘れられない、いつまでも。