ねむ

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「人類がまだ月に行けなかったほどの遠い古の話だが」
「ああ」
「月には兎や蟹や鰐などの生き物と、若い女性や老婆、あとは月の女神が住んでいると考えられていたらしい
「楽園か何かと思ってたんだろうか」
「なんにも住んではいなかったのにな」
「だな。そこに初めて住んだのは結局人類で、」
「今や何者も住んではいない……」
「あるのは廃墟と、過去の亡霊たちくらいだな」
「あとはおれたちのような、」
「亡霊のなりそこない」
「……虚しいものだな」
「"賑やかな亡霊"もいるから、しんみりはしないかもな」
「いいや、あれは"騒がしい"。被害をもたらすからな」
「はいはい、冗談言ってる場合じゃないってね」
「笑えないがな」
「すんませんね。まぁ、今日もちゃっちゃとやりましょっかねぇ」
「ああ。……そうだな、古の月の女神にでも祈ってから行くか」
「いいねそれ」
「"一日も早く、亡霊が鎮まりますよう"」
「"一日も早く、昔みたいに笑える場所になりますよう"」


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月に願いを

5/27/2023, 10:15:10 AM