『何でもないフリ』
「俺…颯真のことが好きなんだよね」
それは突然だった。私の幼なじみの一人である拓也と2人で家に帰っている時の事。
彼、拓也は私のもう1人の幼なじみである颯真の事が好きだと言ったのだ。
生まれてからこの時までの17年間、幼なじみであるこの3人で沢山の事を経験してきた。そして私は多くの時間を共に過ごす中で拓也を好きになった。
【嗚呼..こんなにも簡単に全てが変わってしまうんだ】
拓也のいきなりの告白に私は戸惑いを隠せなかった。私が拓也に惚れている事は、拓也本人も知らない。
拓也は本気で颯真のことが好きだ。
【全部..全部分かってた。だって拓也は、私が拓也に向ける顔で、、同じ表情で颯真を見ていたから】
私の目の前では少し照れくさそうに、それでも真剣な表情で本当の自分を私に向けてくれている拓也がいる。
【泣いたらダメ……泣いたら、、】
次々に込み上げてくる感情を押し殺していると、拓也は不安気な声で「変なこと言っちまったよな急にごめん」と言った。
彼のその一言で、私は慌てて口を開いた。
「違うよ、少し驚いただけだよ?そっか、拓也は颯真の事が好きなんだね。」
「うん。俺は颯真の事が好きだ。」
私は拓也のその一言を聞き、一度自身の震えを抑えるために軽く息を吐いた。
「大丈夫か?」
「……」
「うん。大丈夫だよ!」
そして私は好きな人の為に『何でもないフリ』をする。
『部屋の片隅に落し物』
私は何度この部屋の片隅で涙を流したのだろう。
数え切れないほどの涙が零れたこの場所で
私は今日も涙を流す。
これ程にまで自身を追い詰めているが次に日が登れば何故か“いつものわたし”が鏡には写り、
私は笑顔で朝を迎えている。
この部屋の片隅で、私は涙だけでなく他にもなにか…落としてしまっているのかもしれない。
『砂時計を逆さまに』
「星のかけらで出来た砂時計、どうぞあなたに譲りましょう。きっと…今の貴方が最も望んでいる品物ですよ。」
僕はその日、仕事でミスを犯してしまい酷く落ち込んでいた。家に帰る気が起きず暗くなった公園のベンチに座っていると、一人の女性が現れたのだ。
「時を戻したい。そうお思いですか?」
透き通るようなその声に思わず顔を上げると、そこにはとても美しい女性が立っていた。
電灯に照らされたその女性は白いロングワンピースを着ていて、今にも消えてしまうのでは無いかと思う程に儚く、美しい女性だった。
疲れていた僕は何も言わずにただ彼女を見つめた。
すると彼女はもう一度こう言ったのだ。
「あなたがお望みの物を差し上げましょう。貴方は幸せで、安全な生活を送ることが出来ますよ。」
彼女は両手で大切に持っていたその砂時計を僕に持たせた。じっくりとその砂時計を見るが、どうも僕にはただの砂時計にしか見えない。
「……なんですか?コレは」
眉をひそめて彼女に問うと、何故か彼女は微笑んだ。
するとゆっくりと口を開き、こう言ったのだ。
「その砂時計を逆さまにすると分かりますよ」
僕は彼女の言うとおりに砂時計をひっくり返した。
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「……は?」
気づけば僕は家のベッドに横たわっていた。
目の前に広がっている光景は毎朝見ているおなじみの光景。窓からは朝日が差し込んでいる。
あの公園から帰った記憶が無いのは確実だ。
夢だったのかと起き上がるが、なんと自分の手元にはあの砂時計が転がっていたのだ。疲れているんだろうと再びこめかみを押しながらもいつもの日課である天気予報をスマホで確認する。
そこで僕はあることに気がついてしまった。
「今日も、、12月6日?」
慌ててベッドから飛び起き、テレビをつけてニュース番組を確認するが、どの番組でも今日の日付は12月6日だと表示されている。間違いない。
「過去に戻った……てのか?」
思い当たる節は1つしかない、あの女性に貰った砂時計。それしかない。
過去に戻った事については難なく受け入れることが出来た。彼女が言っていた通り僕が〈過去に戻ってやり直したい〉と願っていたのは事実だからだ。
それよりも…過去に戻ったのなら今日は仕事の日だ。
ひとまずこの件を考えるのは保留にして、僕は慌てて会社に向かった。
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その日の仕事は、全てが上手くいった。
何も失敗を犯さなかった。
何を回避すればいいのかは全てわかっていたからだ。
僕が落ち込んでいた原因にも当たる部長からの頼みも断った。同僚との会議でも、前回の自分とは違う事を発言した。
何も失敗しない。全てが上手くいく。
だが僕はどこか違和感を抱いていたのだ。
【僕はこんな事は言わないし、本当の僕なら部長からの頼みも受け入れているはずだ】
そう思ってしまったのだ。
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僕は家に帰ると直ぐにその砂時計を引き出しの奥にしまい込んだ。
砂時計を逆さまにすると、過去に戻ることが出来る。すなわち、未来を知ることにもなる。
もし貴方が彼の立場なら、貴方はこの砂時計をもう一度逆さまにしますか?
『眠れないほど』
私は時に眠れないほど不安になることがある。
私だけでは無い。
人間なら誰しもが必ず経験することだ。
「誰かに相談したい」「誰かに聞いて欲しい」
そんな思いで胸はいっぱいになる。
眠れない程辛くなった時は、心の器にヒビが入っている時だ。
溜め込んで、溜め込んで溜め込んで、それが溢れてしまう時なのだろう。
そうなる前に誰かに相談すれば済む話なのかもしれない。なら一体、私達は誰に相談すればいいのだろうか。マイナス発言をしてしまう今の自分を受け入れてくれる人など居るのだろうか。
家族や友達、彼氏であろうと…私は少なくとも誰にもこの状況に陥ってしまった自分を押し付けたくない。聞く側の人間にもその分負担がかかってしまうから。
話を聞いてもらうというのは、自分の辛さをその人にも共有してもらうことになるから。
だから私達は1人で悩みを抱え込む。
相手のことを思えば思うほど、私達は自分を壊してしまう。
少なくとも私が見ている世界の中で、涙を流すのは自分だけで良いと思ってしまうから。
眠れないこの夜を
私たちは1人で過ごす。