つきみ

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『砂時計を逆さまに』

「星のかけらで出来た砂時計、どうぞあなたに譲りましょう。きっと…今の貴方が最も望んでいる品物ですよ。」


僕はその日、仕事でミスを犯してしまい酷く落ち込んでいた。家に帰る気が起きず暗くなった公園のベンチに座っていると、一人の女性が現れたのだ。

「時を戻したい。そうお思いですか?」

透き通るようなその声に思わず顔を上げると、そこにはとても美しい女性が立っていた。
電灯に照らされたその女性は白いロングワンピースを着ていて、今にも消えてしまうのでは無いかと思う程に儚く、美しい女性だった。

疲れていた僕は何も言わずにただ彼女を見つめた。
すると彼女はもう一度こう言ったのだ。

「あなたがお望みの物を差し上げましょう。貴方は幸せで、安全な生活を送ることが出来ますよ。」

彼女は両手で大切に持っていたその砂時計を僕に持たせた。じっくりとその砂時計を見るが、どうも僕にはただの砂時計にしか見えない。

「……なんですか?コレは」
眉をひそめて彼女に問うと、何故か彼女は微笑んだ。
するとゆっくりと口を開き、こう言ったのだ。

「その砂時計を逆さまにすると分かりますよ」

僕は彼女の言うとおりに砂時計をひっくり返した。
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「……は?」
気づけば僕は家のベッドに横たわっていた。

目の前に広がっている光景は毎朝見ているおなじみの光景。窓からは朝日が差し込んでいる。
あの公園から帰った記憶が無いのは確実だ。
夢だったのかと起き上がるが、なんと自分の手元にはあの砂時計が転がっていたのだ。疲れているんだろうと再びこめかみを押しながらもいつもの日課である天気予報をスマホで確認する。
そこで僕はあることに気がついてしまった。

「今日も、、12月6日?」
慌ててベッドから飛び起き、テレビをつけてニュース番組を確認するが、どの番組でも今日の日付は12月6日だと表示されている。間違いない。

「過去に戻った……てのか?」
思い当たる節は1つしかない、あの女性に貰った砂時計。それしかない。

過去に戻った事については難なく受け入れることが出来た。彼女が言っていた通り僕が〈過去に戻ってやり直したい〉と願っていたのは事実だからだ。

それよりも…過去に戻ったのなら今日は仕事の日だ。
ひとまずこの件を考えるのは保留にして、僕は慌てて会社に向かった。
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その日の仕事は、全てが上手くいった。
何も失敗を犯さなかった。
何を回避すればいいのかは全てわかっていたからだ。

僕が落ち込んでいた原因にも当たる部長からの頼みも断った。同僚との会議でも、前回の自分とは違う事を発言した。
何も失敗しない。全てが上手くいく。

だが僕はどこか違和感を抱いていたのだ。
【僕はこんな事は言わないし、本当の僕なら部長からの頼みも受け入れているはずだ】
そう思ってしまったのだ。
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僕は家に帰ると直ぐにその砂時計を引き出しの奥にしまい込んだ。
砂時計を逆さまにすると、過去に戻ることが出来る。すなわち、未来を知ることにもなる。
 
もし貴方が彼の立場なら、貴方はこの砂時計をもう一度逆さまにしますか?
 

12/6/2024, 12:00:02 PM