すきすき、だーいすき!
ずーっと、そばにいてね?
たくさんのぬいぐるみとラベンダーのかおりがするベッドのうえで、ちいさなお姫さまは大好きなオオカミにギュッと抱きついて眠ってしまいました。
……しょーがねーやつ。
オオカミは呆れたようにつぶやきます。
けれど自分のまぶたが重くなるまでお姫さまの寝顔を見守るあいだ、そのシッポはパタパタとゆれていました。
やがて温かな朝日がふたりを照らすまで。
今宵はおやすみなさい。
「もし明日世界が終わっちゃうとしたら、そのときに何をしていたい?」
「なんだそりゃ」
「えっと……読んだ小説で。そういうのがあって」
タラレバにしたって、こんなポカポカ陽気のなかでする話か?
まあ話題がなんであれ、目の前のクッキーもコーラも芝生の匂いも、美味いことには変わんねえけど。
「そうだなあ」
空を見上げて直ぐシンプルに浮かんだ願いは、口にするにはあまりにも照れくさいものだった。
俺は暫く考えるフリをしてから、出来るだけ素っ気なく言い放つ。
「美味い肉食いてえ」
「……それだけ?」
「わりーかよ」
「わ、悪くはないけど。ホントにホントに、それだけ?」
何だよ。何で急に拗ねてんだよ。
っていうか、拗ねてても可愛いよなコイツ。
微かに染まった頬とへの字に曲がった唇が柔らかそうで、思わず伸ばしそうになった手をすんでのところで引っ込める。あぶね。
「お嬢こそ何してたいんだよ。世界メツボーとやらの瞬間」
「私? 私は……」
言葉を途切れさせ暫く空を見上げた後、お嬢の綺麗な青灰色の瞳が俺に向かって細められる。
はにかむ愛らしい表情に釘付けになってしまっただけでもヤバいってのに。
「……私は貴方と、手を繋いでいたいな。そうしたら、きっとなんにも怖くないよ」
頭をぶん殴られたみたいに、世界がぐるぐるまわりだす。顔があっちい。
「……。……ふーん。お嬢って、ホント俺のこと好きだよな」
「うん。大好きよ」
「まあ別に、知ってるし。何百回も聞かされてっし」
「……尻尾、揺れてるよ?」
「うるせ」
うるせーうるせー。
勝手に動く尻尾を無理やり掴んで押さえつけて、誤魔化すみたいにコーラを一気飲みした。
──俺だって同じだって。
言えたらどんなに良いか。
汚くて狭い檻の中でたくさんの奴らとくっ付き合って寒さを凌いでた。それが俺の最初の記憶だ。
「お母さん」
夜中になると小声でそう呼んでいつも泣いていたのは、シロと呼ばれていたヤツだ。
「お兄ちゃん」
新入りが入ってくる度に誰かを探しては安堵なのか失望なのかよく分からない表情を浮かべていたのは、ミケと呼ばれていたヤツだ。
「──」
夜空に丸い月が昇ると決まって取り憑かれたように眺めていたのは、コウと呼ばれていたヤツだ。
皆、愛してるヤツと引き離されたんだって聞いた。
俺には愛してるヤツの記憶なんて無かったから、寂しさだとかそういうのはよく解らなかった。
寂しいも、期待と失望の繰り返しも、怒りも、どれも全部苦しそうだった。
何も無い俺は、苦しくないだけきっとコイツらよりはマシなんだろうって思ってた。
これは俺の遠い過去の話だ。
今の俺は、温かくて甘くて優しいものを知ってしまった。
全部、全部。お嬢が与えてくれた。
頑張りやですぐに無理をするから、心配で仕方ない。
本当は泣き虫で甘えん坊なのを俺だけに見せてくれるのが、たまらなく嬉しい。
どうか笑っていて欲しい。泣かないで欲しい。
シンプルな感情が、幸せを形作っていく。
今の俺は、あの狭い檻に居た俺には到底戻れやしないんだ。
今日もふたりで、はしゃいで芝生に寝転がる。
愛してるんだ。
どうしようもない程に。
常に美しく清廉であるように
正しい姿勢と求められる表情
穏やかに聴こえる会話の速度
皆の前では
何もかも完璧に熟してみせましょう
だから、ね
貴方の傍でだけは
お行儀悪く芝生に寝転がって
ふわふわの毛皮を抱きしめて
我儘や甘えた事ばかり言うの
大好きよ