S & S

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汚くて狭い檻の中でたくさんの奴らとくっ付き合って寒さを凌いでた。それが俺の最初の記憶だ。

「お母さん」
夜中になると小声でそう呼んでいつも泣いていたのは、シロと呼ばれていたヤツだ。
「お兄ちゃん」
新入りが入ってくる度に誰かを探しては安堵なのか失望なのかよく分からない表情を浮かべていたのは、ミケと呼ばれていたヤツだ。
「──」
夜空に丸い月が昇ると決まって取り憑かれたように眺めていたのは、コウと呼ばれていたヤツだ。

皆、愛してるヤツと引き離されたんだって聞いた。
俺には愛してるヤツの記憶なんて無かったから、寂しさだとかそういうのはよく解らなかった。
寂しいも、期待と失望の繰り返しも、怒りも、どれも全部苦しそうだった。
何も無い俺は、苦しくないだけきっとコイツらよりはマシなんだろうって思ってた。


これは俺の遠い過去の話だ。
今の俺は、温かくて甘くて優しいものを知ってしまった。

全部、全部。お嬢が与えてくれた。
頑張りやですぐに無理をするから、心配で仕方ない。
本当は泣き虫で甘えん坊なのを俺だけに見せてくれるのが、たまらなく嬉しい。
どうか笑っていて欲しい。泣かないで欲しい。
シンプルな感情が、幸せを形作っていく。
今の俺は、あの狭い檻に居た俺には到底戻れやしないんだ。
今日もふたりで、はしゃいで芝生に寝転がる。

愛してるんだ。
どうしようもない程に。

6/4/2024, 6:14:27 PM