人間の肉の極上味を知ってしまった野生の熊はどうしても人間の肉を食べたくて食べたくて居ても立っても居られないというその気持ち … 私達日本国民が自民党や財務省をはじめとする各省庁にいじめられて主食である純日本米を取り上げられているのとほぼ同等であろうと思惟すれば野生の熊もまた哀れと思えて来る … 。
麻酔弾で眠らせて霞ヶ関また永田町全各官舎に数万頭麻酔が切れる三十分前くらいに一斉に放置して鎖で全扉施錠して更に万一に備えてサバゲー上級者部隊数万を配置して逃げられないようにすればいいんだよ。
それから沖縄の山ハブ (本当は海ハブの方がいいんだけど無理だから)。
死んでもいいというか死んだ方がいい人いっぱいいるんだよね霞ヶ関とか永田町とか。
〝 ピアノの指先の様な街の灯りの中
ほら街に生まれよう Wow Wow
探し続けてる素顔の侭の愛を 飾らない君の
素顔の愛を 本物の愛を 〟
※尾崎豊の誰かのクラクションから歌詞の一部抜粋。
尾崎豊はB型だったんだよね。
AB型の私が仮にこの歌詞を少し変えたなら ...
〝 探し続けてる素顔の侭の君の 飾らない愛を
素顔の君を 本物の君を 〟
..... に、なる .... ような気が、する .... 。
尾崎は死んで、遠いどっかに逝ってるんだよなぁ。
羨ましいなぁ。
〝 山羊はサルに対して警戒心を抱かせるためサル害を軽減する効果が期待できる家畜として利用されています。山羊はサルに対して「凝視する」「近づく」という行動を示しサルがそれらの行動に対して警戒する。山と畑の間にヤギを飼うと猿が隠れ家にする雑草を食べてくれるため見通しがよくなると警戒心の強い猿は畑に近づかなくなる。サル出没時にヤギが反応してサルに接近するとサルがヤギを避ける行動が認められ接近距離が20m程度になるとサルの滞在時間が顕著に減少する ..... 。〟
自分は山羊座なんだが ...
猿って大っ嫌いなんだよね。
山羊は硬い蹄(ヒヅメ※内側は少し柔らかくはある)で急斜面の岩壁を横行するをだけどその理由は肉食動物から身を衛る為と岩に付着したわずかな塩分からミネラルを接種するだけの為なんだよね。無論滑落する事もあるらしいんだけど。
わからんけどね ...
あの鋭く強固な山羊のツノで鳩尾を
突かれた事がある。
幼少の頃ね。
猿も一応草食なんだあねい。 はぁ。 へぇ。
プライドってのはなんか掲げて人に知ら示してるような感触があってイヤなんだよね。
山羊は ... 高い誇りを内側に隠すんだよ。
そうしないとみっともないから。
肉で食い繋いでもいいんだろうけどね ... 臭いし ... 噛む力が少し強めにしなきゃならないのが ... その瞬間瞬間に自らがナマイキに ... 粋がるような気概が ... 精神にこびり着いてしまう気がしてね ... そういうのが念ろの隙になるから ... だからイヤなんだよ。
これは私の勝手な想像だが ... 。
猿は果実という甘味が含まれている物も好む
らしいね。
猿山のボスをぶちのめして
天下を奪ってメスザルだの餌だの
目下に上納させて ... ハハハハハハハ ...
そういやあ中居も岩屋同様まんま猿顔だったなぁ。
たった一度切りの人生を、物語を、そんなくだらない欲望、煩悩にふりまわされるなんてごめんだ。
もったいない。 あまりにも。
肝臓の薬と血液検査をやめたんだよね ... 三ヶ月毎の ... 今年入ってから。ずっと迷ってたんだけど真面目にもういいかなって。たぁ〜だぁ ... このまま死んだら ... 必ず恨まれるだろうし、俺自身あの世からこの世眺めて貧困に喘ぐ嫁子供観て苦しいだろうなぁ。思いの丈を毎日毎日ドブの汚水で浄い流すみたいに浴びる酒の繰り返しで随分と硬くなって来ちまってる。ああ、肝臓ね。死んで ... 骨んなってる親父が心底羨ましく思えて来る。本当に。生まれては来たけど ... いったい何のために生きるのを続けるんだろうね。可愛い我が子たちの死に際に寄り添えないであろう事とか、嫁には大半飽きられてるからまだ少しマシってのもあるけど ... まあ兎に角死んであとすべての記憶が消え失せたら一番ここで間違っちゃいけない事 ... 〝 絶対に新たに生まれ変わったりなんかしない事。〟これを気をつけなきゃならない。記憶を失くして暫く経て気紛れでまいっかなんて甘い考えで生まれ変わったりしたら絶対にだめ。必ず後悔する。カリブ海の海の底の小石になるんだ。罷り間違っても絶対に人間に生まれ変わったりなんてするものか。どうしても生類なら亀か植物か ... 山の土のかけらかな。
自分の眼には、自分は映らない。
自分の眼には自分だけを除く一切だけが映ります。
私たちは自分以外の一切を観て、嬉しくなったり、悲しくなったり、怒ったり、虚しくなったりしながら生きていつか最後を死え(造語:むかえ)ます。
神様はやはり凄いと念います。
だから人間は利他的になれるのだと推います。
でもそんなひとりひとりが時としてすべての人からはずされ者にされてしまう時があります。
そんな時のために、神様は鏡という絶対的な崇高な味方を用意しました。
如何なる時も自らを肯定して勇気づけてくれる文明の利器です。
いつか、世界中のすべてのひととその鏡に笑顔で映れる日が来るといいですね。
どれだけ人が増えても、分け合って、意図して減らしたりするなんて私は嫌です。
だってそれは神様が意図して増やしたひとつひとつの心なんですから。
命というのは、すなわち心なんですから。
人が増え過ぎて物資が足りなくなってみんながホームレスになっても、薬や慣習偏向や人工的自然災害や実質不必要な戦争を企てて人を減らす事は ... それは ...
決して勝れぬ万神万仏に宣戦布告する事に他ならないのです。
ま、わたしはこんな、あたりまえのことをダラダラ書き並べる事くらいしかできない稚拙な人間です。
優秀なみなさんでこの世界を盛り上げてください🌍。