〝 極道 〟という呼び方と、〝 不良 〟という呼び方がある。
今から18年か19年くらい前 ... この呼び方の違いに〝 所謂こだわる 〟傾向が所謂〝 そちら側 (反社構成員) 〟内で物議を交わす雰囲気が微小だが起きた時代があった。
美化されるべきか ... それでは、其れ自体が、〝 やくざ 〟では、〝 暴力団、はたまた反社 〟ですらなくなる ... 。
なかよしグループとはわけが違うのである。
明日、或は1時間後また10分後5分後3分後また2秒後 ... 要はいつでも死んでこの世から居なくなるかも知れないというかそんな事を気にしていられすらしない ...
〝 不良 〟なのか ...〝 極道 〟... な の か .......
俳優高知東生は、随分なそっち側大幹部の息子 ... 所謂〝 ワカ 〟予定だった人間なんだよね。
だからこそやっぱ解ってるんだよ。
他人に手を挙げるまえ ... 逐一、万神万仏に ...
〝 だめですよね ... 良い訳、ないですよね?〟
勿論その万神万仏との接心で得られる返答は常に不動不変である ...
〝 あたりまえだ。貴様が本物で在りたいなら、
耐え、忍べ。〟
高知東生も知ってたんだよ。やっぱり。
ほんとうの強さとはどういうものなのかを。
言えず、能う。
癒えず、野う。
YES NO に迷って
迷って迷って迷いながら
終わって死わってくわけだけど、も ...
待ってるような、待ってたような、
そんな気がする ... そんな、気も、する ... .. 。
朝倉未来とラジャブアリ・シェイドゥラエフの試合を見た。
格闘技はちょっぴり位なら知らなくもない程度だから、こんな言い方になってしまうのを許してほしいんだけど ...
所謂朝倉未来の完全な負けを見た。はじめて見た。朝倉未来のこういう負けっぷり。
でね ... 偉人だなぁって、思ったの。
路上の伝説が、完全なボロ負けも見せたの。
負けるってのが、或いは負け方 ...
何を特別とし、何が特別でもないのか ... そして ...
それでも、ダラダラとでも、格好付けるみたいに死逃げるんじゃなくて、格好付かない侭でもいいから、ダラダラダラダラでも、このややこしくて面倒くさい世界で病か事故か誰かに恨まれて背後から刺し殺されるか呪詛で呪い殺されるか為りまでダラダラダラダラ生きて関わってみるのも悪くない ... いや、そうするべきだ ... そうしろ ... それを、そんな事を、
朝倉未来は朝倉未来を慕う若者たちに教えてあげれてる気が、
わたしは勝手に感触した。勝手乍らだけどね。
わたしには、老いたわたしには関係の無い範疇の事だが、
彼は、偉人だと、わたしは念うよ。
私が神様から頂いた憂鬱は、実は、その実体は、
要は究極の物差しで、それは所謂世の中を量る
物差しで、、、、、
私のこれまでの途で特徴的だったのは、
なによりも笑顔で居る時間が極めて
少ない途であるように設定されていた
ことであろうと私は認識している。
1970(昭和)年の ... 12月25日金曜日の午後3時前後にイエス・キリストと同じ血液型ABで生まれ両手相は家康、信長、秀吉と同じ升掛け天下取り相で命たる物語たる途を授かれ ... その途は兎に角 ... 嘲笑われ踏み躙られ見下され大切な物が生まれれば次々と破壊される途だった ... 。
富裕浮遊の無駄な時間は徹底的に与えられなかったし自分も欲しなかった。
1999年〜2002年の身の上に起きた個人的には革命的だった事件は ... わたしが ...
〝 神様になんかなれません!〟
其処に迷う引鉄となる時間だった気がする。
わたしは ... すこしの笑顔でい続けられるだけの範疇の最低程度の途を行きたいのです ... 。
満面の笑みは、自分以外だからこそわたしのまなこに映る。
じぶんの顔なんか、じぶんの眼には映らないからね。
常々烏滸がましい言い方しか出来なくても ... 申し訳ないとすら実は内心思ってすらいないんだけど ... 自分には才能があるんだし公にはならなかった極秘範疇だが完全な形で遺った大きな足跡が地球の裏側にまで及んでいるのだから否定してくる人も言動も完全無視するなり宇宙一の雑魚扱いクズ扱いして自身は淡々且つコツコツ執筆すれば本当はいいんだよな。語彙力量が乏しく誤字脱字だらけでもそれでスーパースタークリエイター4組織に大盗作されたのだし ...... 。世界中の目よりもう一人の自分。自分の中の自分。自分を見つめている自分。そいつの前で ... 空振りするのが ... 三球三振するのが ... いや、伝説的なホームランじゃないと納得出来ないんだな。だから ... キックオフする事すら出来ない。球を見下ろした侭もう25年も立ち尽くして動けないでいる。何も残らないくらいの大失敗をして晒してしまったあとの居場所行き場所生き様が想像出来ないんだな。ラクして得た冥利の延長線上だからゼロになってしまった時に起き上がる覚悟や勇気も想像出来ない。考えてばかりで考え続けて来て思いの丈ばかりを脳に染み込ませて詰め込んで死わりに憧れるというガーターレーンを辿るボーリングボールの様でもある。ちょっと考えれば判る死という逃げはそのちょっとした思考を動かさなければほんのりキザで粋な事の様に感じれる勘違いが出来たりする。ひいてもいないのに大量摂取する風邪薬または覚醒剤みたいな物に似てる。はは、歌舞伎町のトー横付近で野生可した小学生と同じだな俺も。いやダサ。ただ ... 彼らも数奇な運命の空の下で好んでか好まずか途なり己なりに酔い痴れ続けるしか無いのかも知れないが。はぁ。兎に角自分は覚悟を決めて耳を完全に塞いで何も聞こえてこない様にして小説執筆の球を蹴り出す。耳を塞いだ侭、ゴール出来るまで延々とトライアゲインし続けるしかないのかも知れない。仮にゴール出来なくても ... そうやってピッチで野垂れ死ねれば、俺みたいな小虫は幸せなのかも知れない。
つまらなそうな美人
ついてなそそうな、不運者そうな美人
美人なのに、絶対に幸せには辿り着けなさそうな美人って ... なんか、いいよな。
おれはそういう女が好き。
そういう女を、女と、抱き合いたい、肌を重ね合いたいとかじゃなくて ...
一緒に、山登りなんかをして、
真っ青な空に見下ろされながら山脈を望みながら、
そいつの、そのどうしようもない絶品美女の、しあわせになれない〝 理由 〟を聴きながら
一緒に泣きたい。
そうした時間の中で、とけて消えてしまいたい。