エイプリルフール:
ふと、思った。ただの興味本位だが。今日くらいはお前に言ってやってもいい気がした。
小さくぽつりと呟いた愛の言葉。気に入らないお前にだけ、不本意だが嘘と本当半分の告白を。
「愛してる」
馬鹿らしい。阿呆みたいに頬を緩ませやがって。この様子だと今日がエイプリルフールだとは気づいてなんかいないのだろうな。
苗字は同じ、遺伝子もほぼ同じだろう。お前へ向ける気持ちも同じ。しかし、似て非なる事柄がひとつ。身長は元々変わりなかったため気付かれることはないだろう。お前が好いている奴の真似をするなんて反吐が出るが。髪型まで揃えて俺も必死なもんだな。
早く、長い夢から覚めてやらないと、此奴は俺が掻っ攫っちまうぞ、糞兄貴。
幸せに:
幸せになど、してやるものか。
この俺がいない現実に、お前の幸せなどあってはならない。
上下関係はないが、友人でもない、恋人などと言う枠に収まる俺たちでもない。俺自身が、俺たちの関係を表せるような言葉を知らないだけなのだが。
覚えてるだろ、親と喧嘩したとぶすくれて駆け込んできたときも、テストでいい点が取れたと浮ついていたときも、お前が失恋などと言うばかばかしいことをしたときも、そばにいたのはこの俺だ。
本当に、やかましい奴だった。はじめて出会ったときも喚いていた気がする、その時は今と違って嬉々としていたが。
...ああ、黙ってくれ。すぐにまた会いに行ってやるから。そんな顔をするんじゃない。
ひたすら名前を呼ぶお前に応えるために。
俺は情けない声で、くぅん、とひとつ鳴いた。
特別な存在
神なんて非現実的な存在を信じているわけではないが、いくらなんでも無情過ぎやしないだろうか。あんなにも苦労して手に入れたというのに、そいつは簡単にこの手から零れ落ちていったのだ。
たった一瞬の出来事だった。
今日は珍しく外出する準備をして、服にも気を遣ってそこへ向かった。今日はそいつの人生で一番のめでたい日、当然だ。
目的地に着けばそいつはもうそこにいたらしい。にこにこと笑みを浮かべてこちらに手を振っている。全く可愛いヤツだ。本人の前では絶対に言ってやらないが。
行くぞと声をかけたがどうやらそいつにはまだそこで見たいものがあるようで動こうとしない。まあここは有名な観光地だ。少しくらいは自分より先に着いて待っていたことに免じて許してやろうということで先に行くことにした。
俺は入ったカフェであいつの好きなケーキを注文した。値段は少しばかり痛いが数量限定だと聞いていたので奮発してやった。あいつの喜ぶ顔が目に浮かぶ。俺は少しだけ口角を上げた。
その後だ。悲劇が起きたのは。
ウエイトレスが俺の注文したあいつの好物であるケーキをトレイに乗せて運んできた。そこまではいい。どこかおぼつかない足取りで歩いてくるそいつはあろうことか何もないところで転んだのだ。ウエイトレスの怪我などどうでもいい。俺の脳裏にはあいつの悲しむ顔が浮かんだ。口をついて出たのはたったの一言。
「ユミたぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
目の前には真っ青な顔をするウエイトレスと散乱するケーキ。お気持ちばかりのチョコペンで書かれたあいつの笑顔があった。