特別な存在
神なんて非現実的な存在を信じているわけではないが、いくらなんでも無情過ぎやしないだろうか。あんなにも苦労して手に入れたというのに、そいつは簡単にこの手から零れ落ちていったのだ。
たった一瞬の出来事だった。
今日は珍しく外出する準備をして、服にも気を遣ってそこへ向かった。今日はそいつの人生で一番のめでたい日、当然だ。
目的地に着けばそいつはもうそこにいたらしい。にこにこと笑みを浮かべてこちらに手を振っている。全く可愛いヤツだ。本人の前では絶対に言ってやらないが。
行くぞと声をかけたがどうやらそいつにはまだそこで見たいものがあるようで動こうとしない。まあここは有名な観光地だ。少しくらいは自分より先に着いて待っていたことに免じて許してやろうということで先に行くことにした。
俺は入ったカフェであいつの好きなケーキを注文した。値段は少しばかり痛いが数量限定だと聞いていたので奮発してやった。あいつの喜ぶ顔が目に浮かぶ。俺は少しだけ口角を上げた。
その後だ。悲劇が起きたのは。
ウエイトレスが俺の注文したあいつの好物であるケーキをトレイに乗せて運んできた。そこまではいい。どこかおぼつかない足取りで歩いてくるそいつはあろうことか何もないところで転んだのだ。ウエイトレスの怪我などどうでもいい。俺の脳裏にはあいつの悲しむ顔が浮かんだ。口をついて出たのはたったの一言。
「ユミたぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
目の前には真っ青な顔をするウエイトレスと散乱するケーキ。お気持ちばかりのチョコペンで書かれたあいつの笑顔があった。
3/23/2023, 12:49:14 PM