『1年前』
まだ微かに涼しさを残す本を胸に抱え、坂道を登る。
図書館からの帰り道。
小学生の頃から、ずっと通ってきた道。
1年前は
ちょうど、自分の感情が消えかけていたことに気がついた時期だ。
自分の状況を自覚してからしばらくは、恐怖が付き纏った。
背の高いビルも、ネオンカラーも、電車の音も。1番怖かったのは人間で、人の気配がするものはなんでも怖かった。だからいつも、ノイズキャンセリングのイヤホンをつけていた。それだけで、自覚する前の自分に少しだけ戻れた。
自分の頭が考えてる事が、危険な事だという自覚はあった。
「うつ病から回復し始めている時期が1番自殺をしやすい。」
どこかで知ったその知識に納得した。
こうやって人は死んでいくのかと、麻痺した頭でよく考えていた。
どういうわけか今もまだ生きているけれど、不安定であることに変わりは無い。困ったものだと自分に呆れる。
「君が死んだら僕も死ぬから。」
君を死なせるわけにはいかなかった。
死なない理由なんて、なんでもよかったんだ。
『あじさい』
家の前の公園に、紫陽花が咲いた。夏に近づくこの季節。
鬱蒼と茂る深緑に、大きな紫陽花はよく映えた。
花言葉は「家族」「団欒」。他にも意味があった気がするけれど、好きな言葉は頭の隅に残りやすい。他の意味は思い出せなかった。
「ただいまー」
誰もいない部屋に向かって、大きな声でただいまを言う。
家に誰もいなくても、『行ってきます』と『ただいま』は言うようにしている。悪い人が来なくなるからって、お母さんがよく言っている。
ランドセルを机の脇に下ろし、中から宿題を取り出す。
今日の宿題は感じの書き取りと計算問題。あと音読。
今日は金曜日で、6時30分から「妖怪ウォッチ」が始まるから、それまでに宿題を終わらせてしまおう。弟もそろそろ保育園から帰ってくる。
もうすぐ、私の家にも紫陽花が咲く。
「好き嫌い」
クーラーをつけると、小学校の夏休みに引き戻されるような感じがする。ダラダラしたいという気持ちと、宿題をやらなくてはならないという焦りとが入り交じる。それは、大学生になった今でも変わらなかった。
私は大学で心理学を学んでいる。ずっと気になっていて、でもなかなか手を出せなかった分野。心理学を学べることはとても嬉しいし楽しいのだが、定期試験への恐怖やら不安やらはこれまでと全く変わらない。怠け者の私は試験がないと勉強しないだろうから、最近はありがたいとも思うようにしているけれど、嫌いなものは嫌いなのだ。
とりあえず、一科目。
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『透明』
透明なガラスのコップを持ってきて
水道の水をいっぱいに入れて
ガラスのビー玉をひとつ入れると
なんだかとても綺麗に見えた。
窓のそばに持ってって
夏の光にかざしたら
部屋の床にも光が映る。
夏は暑くて苦手だけれど
透明なガラス越しの光はとても綺麗だ。
『理想のあなた』
トランペットが上手な先輩。
初めて先輩の音を聴いた時の衝撃は、忘れられない。
不思議と人を惹きつける、存在感のある音。
私の信仰とも呼べるその音を、
いつからか、追いかけるようになった。