『わぁ!』
指で狐を作ってね
狐の口を動かしながら
「わぁ!」って言って君に見せると、
君も指で作った狐の口を動かしながら
「わぁ!」って言ってくれるんだよね。
何も意味はないんだけどね
僕たちはよく指で狐を作っては、
裏声でわぁわぁ言いながら
狐の口を動かすんだ。
狐の口で狐の耳を噛んでみたり
狐の口を噛んでみたりする。
噛まれた方は決まって「わぁぁ!」と悲鳴を上げる。
狐の身体を震わせて逃げさせたりもする。
そういうことを小学生の頃から変わらずずっと
特に何の意味もなくやることが当たり前になっている。
電車の中で座っている時
店で料理が来るのを待っている時
映画館で映画が始まるのを待っている時
いつだって、どこでだって。
こんな幼稚なこと君とじゃなきゃできない。
そんな幼稚な狐同士の戯れを僕は存外気に入っている。
『あなたへの贈り物』
私があなたから欲しいものはたくさんあるのに、
あなたが私から欲しいものなんてきっと一つもない。
私はあなたの声が欲しい。
顔が欲しい。
指が欲しい。
唇が欲しい。
黒子が欲しい。
皺が欲しい。
耳が欲しい。
鼻が欲しい。
歯が欲しい。
皮膚が欲しい。
心が欲しい。
内臓が欲しい。
その目が欲しい。
その目に私を映して欲しい。
これでもまだ全然足りない。
もっともっとあなたから欲しいものがある。
でもあなたからは私に何も与えてはくれないし、
私からは何も受け取ってはくれないのでしょう?
いつも私が勝手に享受しているだけで、
あなたに与えているつもりは全くないのだから。
あなたへの贈り物を選ぶとしたら、
ゲーム機か寿司か、愛犬のグッズでしょうか。
どれも喜んではくれるのでしょうね。
贈り主が誰であろうと、同じように。
『手のひらの宇宙』
君の手のひらに宇宙を置いておいた。
ぎゅっと握りつぶしても良いし、
じっと見つめても良い。
そっと触っても、ぱっと手放しても良い。
宇宙は既に君のものだ。
君にはそれを好きなようにする権利がある。
けれどもどうか気をつけて。
分かっているとは思うけれど、この世は常に不可逆だ。
後悔も反省も受け付けない。
全ての責任は君にある。
そのことを踏まえた上で選んでくれ。
君は手のひらの宇宙をどうする?
『透明な涙』
透明な涙をペロリと舐めた。
レモン汁の味がした。
酸っぱくて少し苦くて顔を歪めた。
「涙だっておいしくないでしょう、私」
そう言って君はまたレモン汁をこぼした。
僕はすかさず唐揚げを取り出し、
君の涙が床に落ちる前にキャッチした。
そうして食べた唐揚げは、
確かにレモン汁をかけた唐揚げの味がした。
「食べ方次第なんじゃない?
僕だって生で食べられても美味しくないと思う。
茹でて食べたら良い出汁出るかもしれないけど」
呆けた顔で僕を見つめる。
涙はもう止まっているようだった。
「君は多分、細かく刻んでふりかけみたいにしたら
味のアクセントになって良いんじゃないかな。
好きな人は好きだと思うよ」
そう伝えると、君は俯いて肩を震わせた。
また涙をこぼすのではないかと思い、
僕は咄嗟に唐揚げを取り出した。
しかしその予想は外れていたようだ。
「そっか……ふふ、そっか」
口元を隠しながら笑う。
僕は取り出した唐揚げを口に放り込んだ。
レモン汁をかけていない唐揚げの味がした。
『あなたのもとへ』
私のことを知らないあなたに向けたとびきりの愛を
気持ち悪いくらいに受け入れ難く不必要な愛を
全くもって重くもなくありもしないような愛を
あなたの元へ届けたい。
それでどうにか私の愛をあなたが知ってくれたのなら、
それ以上のことはないのだ。
会えなくて良い。
触れなくて良い。
話せなくて良い。
ただあなたのもとへ愛を。
私という1人の人間があなたを愛していた証を
あなたの元へ届けさせて欲しい。
頭上に降り注ぐ花びらのように
誕生日のクラッカーのように
あなたの生を祝福する言葉になれば良い。
そんな私の想いをあなたの元へ、
届けることができたならどれほど。