『伝えたい』
あの、先日『あなたに届けたい』で書いた時、
もしかしたら私を『お気に入り』にしてくれてる人が
いるのかも知れないとか何とか書いちゃったけど…。
「もっと読みたい」を押してくださってる時点で、
『お気に入り』にしてくれてるってことですよね。
うん、恥ずかしい……。
如何に私が「もっと読みたい」を押していない側の人間なのかが明らかになってしまいました。
以前、ハートの贈り方が分からないという方を見かけてやり方を書いた過去があるのに…。忘れてた…。
……なので、改めて。
私を『お気に入り』にして、
私に「もっと読みたい」のハートを押してくれた、
あなたに伝えたいです。
いつもありがとう。
あなたが押してくれるから、
ここでこうして書いていられる。
書くこと楽しいって思える。
そう思わせてくれてありがとう。
『この場所で』
この場所で歌を歌いましょう。
他にすることもないのだから。
課題をやったり仕事を探したり、
そんなことはしたくはないのだから。
この場所で歌を歌いましょう。
私は私であると叫ぶために。
私は私であれと叫ぶために。
自己を肯定するための手段、
それこそが歌を歌うことなのだから。
と、このようにして模倣する。
尊敬する彼の人たちの作風を。
決して手の届かない、
私のものにはならない紡ぎ方を。
とはいえ、このような模倣の仕方では、
一体誰の何に影響を受けているのかなんて
皆目見当もつかない。
音もなく静かなこの文章を読んで
彼の人たちを連想することのできる人たちは
一体どれほど居るのだろうか?
(いや、居るわけがない)
この場所で私が行うことは、
ただ私の気の赴くままに何かしらを綴ることで、
それは時として純として私から生まれたものでは
無かったりするわけです。
それでもきっとこのような模倣の仕方は
良くも悪くも私だからできるものであり、
私による模倣であるわけですから、
私はこの場所で私を表していると言えるだろう。
恐らく。
『あなたに届けたい』
一年と十ヶ月。
毎日ではないけれど、
せめて月に一回は何かを書くようにしてきた。
1336回。
誰かが私に、
「もっと読みたい」のハートをくれた回数。
それはつまり、
誰かが私の書いた文章を読んでくれた回数。
いつも大体、同じくらいの数が届くの。
だから毎回、同じ方が押してくれているのかなって。
もしかしたら、
私を『お気に入り』にしてくれいる人がいる……
のかもしれない。いないかもしれない。
偶々毎回、
同じくらいの人数が押してくれているだけかも。
何にせよ、あなたに。
そんなあなたに届けたい。
私が書いた文章に、
一度でもハートをくれたあなたに。
ありがとう。
本当に本当にありがとう。
読んでくれて、それだけでも十分なのに。
ハートを押すって、その行為をしてくれて。
「読んだよ」って伝えてくれて。
ありがとう。
ここまで読んでくれて、ありがとう。
『逆光』
眩しくて
眩しくて目が開けられないから
そっと顔を逸らしたんだ。
君が背負う
その幾千ものライトが
その幾万もの視線が
怖くて。
見て見ぬフリをしていれば
君はずっと変わらない君で。
聞こえぬフリをしていれば
僕はずっと、僕であれた。
手を引いて走ってる先に
その先に光があると
信じてやまなかった。
振り返っちゃいけない。
本当は闇に向かってる、
なんて
口が裂けても言えない。
君を堕としたいなんて。
変わらぬ君は何も変わってなどいない。
変わり果てたのは君の周囲と
僕の心だ。
『美しい』
「鏡よ鏡、鏡さん……」
世界で二番目に美しい人が尋ねる。
彼女は私を盲信しているから、
私の言うことが誤りだとは思わない。
ねぇ、お互い、歳をとったものよ。
永遠に若いままではいられないし、
永遠の魔力なんてどこにもない。
私は嘘はつかないけれど、
きっと私だって間違えることはあるわ。
最近はもう、よく分からないの。
……ねぇ、永遠なんて無いのよ。
今でも、一番美しいのは貴女なのかもしれない。
私が間違っているのかもしれない。
それでも私は私の見た真実を語ることしかできない。
信じる貴女が悪いのよ。
私の言葉なんかなくたって、
自分が一番美しいのだと言い張れば良いのに。
私ね、貴女のこと嫌いじゃないのよ。
貴女は魔術に長けているのだから、
あの子の命を奪わずとも美しくなれたはずよ。
自分を美しくする術だとか、
若返りの術だとか、
他にもやりようはいくらでもあったでしょう。
でも貴女は、そうしなかった。
だって貴女は貴女のままで美しい。
貴女は貴女のままで、
一番であり続けたかったんでしょう。
嫌いじゃないわ。
私を盲信している貴女も、
己の美しさを自覚している貴女も。
だから精々、最期まで一緒にいてあげる。
貴女といるのは退屈しないから。