『愛を注いで』
愛を注いであげましょう。
海のように広い心で、海のように深い愛を。
器が壊れていて受け止めきれないというのなら、
その器を包み込めるくらいの愛をあげる。
継ぎましょう。
金ではなく、愛で。
穴もヒビも全て塞いで、
もう何もこぼれ落ちないように。
そうして貴方の器の準備ができたとき、
再び愛を注ぎましょう。
今度はきっと溢れんばかりの愛を。
貴方はただ、注がれた愛に溺れていれば良い。
『泣かないで』
君に泣かないで欲しかったのは、
「君には笑顔が似合うから」だとか、
「君が泣いてると僕も悲しくなるから」だとか、
そんな優しい理由じゃない。
そんな優しい理由じゃなかったんだ。
ただ僕は、泣いている君を慰めるのが面倒だった。
億劫だった。
君の気持ちなんて少しも理解できなかったし、
どうしたら泣き止むのかも分からなかった。
君の泣き声がどうにも耳障りで、
殺意のようなものすら感じていた。
だから、僕のために、君のために、
僕と君のために、
泣かないで欲しかったんだ。
『行かないで』
行かないで欲しかったんだ、本当は。
繋いだ手を離さないで欲しかった。
このままずっと抱きしめていて欲しかった。
叶うことならずっと、貴方の声を聞いていたかった。
ねぇ、お国のことも何もかも放り投げて、
このままどこか遠いところへ逃げてしまわない?
誰の目も届かぬところで二人きりで暮らすの。
そうして貴方は老いて死ぬの。
私もきっと、老いて死ぬから。
いつの日か酔って吐いた戯言を貴方はずっと覚えてた。
だから私に触れるとき、そんな顔をしたのでしょう。
言わなきゃ良かった。
そんな目で見られたくて言ったんじゃない。
『ジャングルジム』
ジャングルジムのてっぺんから落っこちた、
あの子のことを覚えている。
ママたちが悲鳴をあげて駆け寄った。
ミカちゃんのママが救急車を呼んだ。
アオくんのママは私たちを近づかせないようにした。
あの子のママは、ただあの子のそばで泣いていた。
ユウカちゃんのママがあの子のママに声をかけていた。
覚えている。
あの子のママの泣き叫ぶ声。
覚えている。
あの子が地面に落ちた時の音。
覚えている。
……あの子、わざと落ちたんだよ。
ジャングルジムのてっぺんに登るあの子を、
私は遠くから見ていた。
あの子はてっぺんまで辿り着いて嬉しそうだったけど、
ママたちは誰もあの子のことを見ていなかった。
だからあの子は「きゃっ」と小さな悲鳴をあげて、
てっぺんにつけていた足を滑らせたかのように見せて、
地面に打ち付けられにいったのだ。
私はそのことをママに伝えたけれど、
「わざと落ちるわけがない」と信じてもらえなかった。
あの頃からあの子はそういう子だったのだ。
『踊るように』
踊るように桜が舞った。
それを追いかけて子犬が舞った。
ワルツ、ワルツ、子犬のワルツ。
せっかくだからShall we dance?
僕と一緒に踊りましょう。
拙くたって良いのです。
だってこれは子犬のワルツ。
主役は僕らじゃなくて彼ですからね。
さぁ、子犬くん。桜はまだまだ舞ってるぞ。
踊るようにひらひらと。