冬山210

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8/8/2023, 11:33:40 AM

『蝶よ花よ』

蝶よ花よと愛てくれた貴方のことが好きだった。

貴方の大きな手で頭を撫でられるのが好き。
貴方の大きな背中に身を預けるのが好き。

私に似合うだろうと可愛い服を買ってきてくれた。
不器用だけど丁寧に髪を梳いてくれて、
「結えなくてごめん」と言ってリボンをつけてくれた。

お砂糖の入れ過ぎで焦がした卵焼きは、
焦げのない内側だけを私にくれた。

貴方のおかげで私は、ずっと寂しくなかったよ。
貴方は私のママでもパパでもないけれど、
ママやパパと同じくらい私を愛してくれた。

だからね、私たち親子なんだよ。
血は繋がってないけど家族なの。
貴方は確かに私の親なんだよ。


そう伝えられたら良かった。

「撫でないで」「おんぶ嫌」
「可愛くない」
「三つ編みが良い」「これ嫌」
「美味しくない」
私が口にしたのはそんな言葉だった。

両親が亡くなって日が浅かったから。
まだ心を開けていなかったから。
思春期に入ってしまったから。
家を出て一人で暮らすようになったから。

言い訳はいくらでもできる。
そうやってずっと、何も伝えてこなかった。
気づいたら貴方は歳を取っていた。

私がどんなに我儘を言っても、
愛おしそうに見つめてくれた貴方の瞳。

好きだったの。
本当はね。
貴方のこと大好きだったんだよ。

7/5/2023, 9:31:54 AM

『神様だけが知っている』

神様だけが知っている。
君がこの世に生まれた理由。

生まれた理由を
生きていく理由を
人間たちは知ることができない。
自分のことなのに誰にも分からない。

だから人間たちは、その理由を見出そうとする。
何のために生まれたのか。
何のために生きているのか。
自分たちで定めようとするのだった。

神様はそんな人間たちを見ると、
健気で哀れで、愚かだなぁと思う。
そして同時に、愛おしく思う。

どんなに頑張ったって知ることはできないのに。
生まれた理由も生きていく理由も、
人間たちには分かりっこないのに。
自分でそれっぽい理由を選んで、
それを支えに生きていくだなんてなぁ。

人間って奴は惨めでちっぽけで、可愛らしいね。

7/1/2023, 2:14:22 PM

『窓越しに見えるのは』

窓越しに見えるのは、君の悲しげな表情。
背の低い君は人混みに消されてしまいそうで、
けれども僕の目にはきちんと見えていた。

僕の目には君しか見えていなかった。
どれだけ周囲に人がいても、
いつだって君の姿はすぐに見つけられる。
君はいつも輝いていて、他の人とは異なっていた。

僕はきっとどこへ行ったって君のことを見つけられる。
何度だって君の元に帰ってこられる。
だから大丈夫。何も心配は要らないんだ。

これから僕は少し遠くに行くけれど、
帰りがいつになるかは分からないけれど、
それでもきっと、必ず僕は戻ってくるから。
どうか笑顔で送り出してくれ。


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窓越しに見えるのは、貴方の儚げな表情。
今にも消えてしまいそうで、
二度と会えなくなってしまいそうで、
私は、本当は貴方のことを送り出したくはなかった。

貴方はいつも「大丈夫だ」って言うけれど、
「何も心配は要らない」って言うけれど、
それが強がりであることくらいとっくに知ってるのよ。

誰よりも不安なのは貴方なんでしょう?
誰よりも諦めているのは貴方なんでしょう?
その言葉は私を安心させるためのものじゃない。
そうやって自分に言い聞かせているだけなんでしょう?

だから心配なの。心配するの。
貴方を一人にさせたくないの。
どうか無事に帰ってきて。
どうか、どうか、貴方の笑顔を私に見せて。
そんな作り笑いじゃない、心からの笑顔を。

6/30/2023, 11:44:48 AM

『赤い糸』

運命の赤い糸ってのは、元々縄だったらしい。
小指じゃなくて足首に付いてたんだってさ。
神様が誰と誰を結ばせるか決めていて、
その目印が赤い縄なんだ。
それは何があっても切れない。
だから運命なんだな。

中国から日本に入ってきた考え方で、
縄が糸に、足首から小指にと変わったわけだが。
足首に縄の方が丈夫で良いんでねぇかね?
小指の糸なんて簡単に切れそうだし、絡まりそう。

寧ろそれが狙いなのかしら。
運命なんて変えられる、変えてしまいたいっていう人が多かった故、脆い小指の糸になったのでしょうか。

足首に縄って枷みたいだよね。
そっちの方が離れられなそうで好きだな。

6/28/2023, 12:00:30 AM

『ここではないどこか』

ここではない、どこか遠いところから来たの。
だから迎えを待っている。
いつの日か、かぐや姫のように迎えが来るのよ。

ここが私に合わないのは、
ここは私が生きるべき場所じゃないから。
だから仕方ない。
上手くいかなくて当然なの。

ここではないどこか遠いところでは、
きっと私はなんだってできるのよ。
なんだってできるから妬まれて、
ここに堕とされてしまったの。

いつか、いつか迎えが来る。
その時をただじっと待つわ。
それが救いだと信じて。

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