『たくさんの想い出』
家族のことも友人のことも、
推しのことも好きなもののことも、
いつかは全て忘れてしまうのでしょう。
恐ろしくて堪らない。
私が最後まで覚えていられるものは何だろう。
最後に私の中に残るものは一体何なのだろう。
老いるにつれて記憶が無くなっていくのは、
様々なことを忘れていってしまうのは、
次の人生に向けて頭を空っぽにするためらしい。
赤子の脳は空っぽでしょう?
今世で覚えたこと全て忘れて空になって、
そしたらまた空の赤子として生まれるんだ。
っていうのは高校の時に生物の先生が言っていた話。
授業とは何の関係もない雑談を覚えている。
授業の内容は何も覚えていないのに。
こんな私にも忘れたくない想い出はたくさんある。
それってとても恵まれてる。
私は想い出に浸って生きていられる人間だから、
想い出は私にとって幸福の源だから、
できるだけ長く覚えていたい。
だからいっそ、忘れる前に消えてしまいたい。
幸せなまま人生を終えたい。
『冬になったら』
冬になったら海へ行こうね。
貴方が買ってくれたワンピースを着て、
貴方が買ってくれた靴を履いて、
貴方が買ってくれた指輪をつけて、
それで一緒に海へ行こう。
そうだ、髪の色少し落ちてきたから、
貴方が好きって言ってた色にまた染めなきゃね。
冬の海はどのくらい冷たいのかなぁ。
貴方はよく私の手を握って、冷たいって言ってたけど、私の手よりも冷たいんだろうか。
冷たいんだろうな。
貴方と一緒に海に溶けるの。
凍てつくような寒さの中。
『飛べない翼』
飛べない翼を持っている。
みんなは何処へでも飛んで行ける翼を持っているのに、
私の背には何も無かった。
それが恥ずかしくて、羨ましくて、苦しかった。
みんなはその翼を使って何処へでも行けるけれど、
常に飛んでいるわけではなかった。
普段は歩いていたのだ。
だから私は翼を作った。
せめて見かけだけでも同化するように。
変な奴だと思われないように。
仲間外れにされないように。
ひとりぼっちにならないように。
飛べない翼は重くて脆くて邪魔だった。
でも、それがある限り私は私で居ることができた。
みんなを騙して自分を偽って、
それでも私は幸せだった。
やがてみんなは私の元を離れて、
何処か遠いところへ飛んで行ってしまうのだけれど、
それでも私は幸せだった。
幸せだと思わなければやっていけなかった。
私だって飛べないだけでみんなと同じ姿をしているし、
みんなと同じように笑ったり泣いたりしているし、
ただ飛べないだけで、それだけで、
私のことを「役立たず」と言わないで。
役に立たないことなんて私が一番よく分かっている。
飛べない翼は邪魔でしかない。
私が本当に欲しいのは、みんなと同じ飛べる翼だ。
飛べる翼は軽そうで丈夫そうで素敵に見える。
そう見えているだけかもしれないけれど。
『あなたとわたし』
〈あなた〉がいるから〈わたし〉がいて、
〈わたし〉がいるから〈あなた〉がいるらしい。
そして〈あなた〉の中にも〈わたし〉がいて、
同様に〈わたし〉は〈あなた〉でもあると。
自他関係って難しい。
相手の気持ちを考えるって簡単なことではない。
私には私の人生があるように、貴方には貴方の人生があるのだということを私は本当に理解できているのか?
私は貴方ではないし、貴方は私ではない。
だから私は貴方が考えていることは分からないし、
貴方も私が考えていることは分からない。
同じではないから。
僕たちはみんな個々だから、
どんなに仲が良くたって独りぼっちなんだろうな。
『柔らかい雨』
柔らかい雨というのはきっと、優しいんだろう。
優しくて、あたたかくて、心地の良い雨。
例えば、君が僕を押し倒したときに、
君の目から流れ流れた涙が僕の頬に落ちたとして。
それはきっと柔らかい雨なのだ。