『一筋の光』
一筋の光が、蜘蛛の糸のように垂れてきたから。
私はそれを絡めとり、
どうにか登れないものかと考えた。
けれども当然光は捕まえられなくて、
するりと指をすり抜けていく。
それが何とも不思議に思えた。
熱もない、形もないものが、確かに指をすり抜ける。
これは助けではないのだ。
これは救いではないのだ。
窓から差し込んだだけの、ただの光。
この先の私の人生を照らしてくれるわけでもない。
これまでの私の人生を包み込んでくれるわけでもない。
それでも例えば、
今この瞬間私の瞳を少しでも輝かせてくれるのなら、
この光にも価値があるのだと思えるだろうか。
意味があるのだと、思えるだろうか。
いつか、いつかあなたが、私に救いの光をくれるの。
今はただそれを待つわ。
『紅茶の香り』
紅茶の香りに誘われて
迷い込んだのは森の中。
子ウサギが足元で跳ねたから
「アリスみたいね」と追いかけた。
辿り着いたのはボロ屋敷。
蜘蛛の巣と苔に包まれた
不思議の国とはほど遠い
忘れ去られた誰かのお家。
こんこんこんと扉を叩き
「誰かいませんか」と尋ねてみても
返事はひとつもありゃしない。
それではつまらないじゃない?
紅茶の香りは消えていない。
腐った扉を開くのに合言葉はいらない。
蜘蛛の巣と苔に包まれた
不思議の国とはほど遠い
ボロ屋敷へと迷い込もう。
これは私の物語。
アリスとは違う物語。
紅茶の香りに誘われて
彷徨う私の物語。
『子供のように』
子供のように振る舞う私を受け入れてくれる人がいる。
もう大学生だけれど、私は末っ子なわけで。
家の中での私は甘えることを許されている。
それがとても有難い。
私にはたった二人だけしか友達がいないけれど、
その二人とは小学生の頃からの仲でして。
もう大学生なのに、お手手で狐作って遊ぶのよ。
ぱくぱく口を動かして、相手のお耳を食べちゃうの。
「うわぁ〜!」って悲鳴をあげてるの。
子供っぽいよね。
「大学生にもなって何してんだ」って笑い合うの。
それができる相手がいることは幸福だと思う。
もうお酒が飲めちゃう歳だけれど、
いつまで経っても精神年齢は幼稚園児みたいなもので。
外見に合ったことをするのは疲れるの。
年齢に合ったことをするのは苦痛なの。
『カーテン』
風でカーテンが大きく膨らんだり、
逆に窓の外へと引かれたりするのを見て、
僕の友達は「カーテンが呼吸している」と言うのです。
素敵な考えだと思った。
『窓から見える景色』
窓から見える景色は本物なのだろうか。
窓枠で切り取られた世界は、額縁の中の絵のようで。
どこまでも続く大きな空や、遠くに見える山々が、
本当に実在しているものだとは思えないんだ。
だってあの、いつも見ている住宅街。
昔から変わらずそこにあるけれど、私はそこまで行ったことがないから、どんな人達が住んでいるところなのか全く分からないんだ。
窓から見える景色。
それは行ったことのない場所。
それは名前も分からないような場所。
形だけあって中身が無いの。
想像もできないよ。世界はちょっと広すぎる。