『冬になったら』
冬になったら海へ行こうね。
貴方が買ってくれたワンピースを着て、
貴方が買ってくれた靴を履いて、
貴方が買ってくれた指輪をつけて、
それで一緒に海へ行こう。
そうだ、髪の色少し落ちてきたから、
貴方が好きって言ってた色にまた染めなきゃね。
冬の海はどのくらい冷たいのかなぁ。
貴方はよく私の手を握って、冷たいって言ってたけど、私の手よりも冷たいんだろうか。
冷たいんだろうな。
貴方と一緒に海に溶けるの。
凍てつくような寒さの中。
『飛べない翼』
飛べない翼を持っている。
みんなは何処へでも飛んで行ける翼を持っているのに、
私の背には何も無かった。
それが恥ずかしくて、羨ましくて、苦しかった。
みんなはその翼を使って何処へでも行けるけれど、
常に飛んでいるわけではなかった。
普段は歩いていたのだ。
だから私は翼を作った。
せめて見かけだけでも同化するように。
変な奴だと思われないように。
仲間外れにされないように。
ひとりぼっちにならないように。
飛べない翼は重くて脆くて邪魔だった。
でも、それがある限り私は私で居ることができた。
みんなを騙して自分を偽って、
それでも私は幸せだった。
やがてみんなは私の元を離れて、
何処か遠いところへ飛んで行ってしまうのだけれど、
それでも私は幸せだった。
幸せだと思わなければやっていけなかった。
私だって飛べないだけでみんなと同じ姿をしているし、
みんなと同じように笑ったり泣いたりしているし、
ただ飛べないだけで、それだけで、
私のことを「役立たず」と言わないで。
役に立たないことなんて私が一番よく分かっている。
飛べない翼は邪魔でしかない。
私が本当に欲しいのは、みんなと同じ飛べる翼だ。
飛べる翼は軽そうで丈夫そうで素敵に見える。
そう見えているだけかもしれないけれど。
『あなたとわたし』
〈あなた〉がいるから〈わたし〉がいて、
〈わたし〉がいるから〈あなた〉がいるらしい。
そして〈あなた〉の中にも〈わたし〉がいて、
同様に〈わたし〉は〈あなた〉でもあると。
自他関係って難しい。
相手の気持ちを考えるって簡単なことではない。
私には私の人生があるように、貴方には貴方の人生があるのだということを私は本当に理解できているのか?
私は貴方ではないし、貴方は私ではない。
だから私は貴方が考えていることは分からないし、
貴方も私が考えていることは分からない。
同じではないから。
僕たちはみんな個々だから、
どんなに仲が良くたって独りぼっちなんだろうな。
『柔らかい雨』
柔らかい雨というのはきっと、優しいんだろう。
優しくて、あたたかくて、心地の良い雨。
例えば、君が僕を押し倒したときに、
君の目から流れ流れた涙が僕の頬に落ちたとして。
それはきっと柔らかい雨なのだ。
『一筋の光』
一筋の光が、蜘蛛の糸のように垂れてきたから。
私はそれを絡めとり、
どうにか登れないものかと考えた。
けれども当然光は捕まえられなくて、
するりと指をすり抜けていく。
それが何とも不思議に思えた。
熱もない、形もないものが、確かに指をすり抜ける。
これは助けではないのだ。
これは救いではないのだ。
窓から差し込んだだけの、ただの光。
この先の私の人生を照らしてくれるわけでもない。
これまでの私の人生を包み込んでくれるわけでもない。
それでも例えば、
今この瞬間私の瞳を少しでも輝かせてくれるのなら、
この光にも価値があるのだと思えるだろうか。
意味があるのだと、思えるだろうか。
いつか、いつかあなたが、私に救いの光をくれるの。
今はただそれを待つわ。