『遠い日の記憶』
君は覚えてないだろう。
女の子に声をかけてばかりの俺を叱ったこと。
嫌なことがあるとすぐ煙草を吸う俺を叱ったこと。
いつまでも母さんのことを引きずっていた俺のことを
叱ってくれたこと。
君が俺のために怒ってくれて、俺のことを思って泣いてくれて、それが何より嬉しかったんだ。
君のおかげで俺の人生は救われたんだ。
最期の時、俺は君を守ったつもりだったんだけど、
多分守れてなかったんだね。
あの後君もやられちゃったんだろう。
悔しいな。君にはもっと長生きして欲しかった。
けど、一緒に終われたからこそ、この平和な世界でまた君と生きていられるんだと思う。
もう君は昔の君じゃない。
かつての出来事を覚えているのは俺だけだ。
それでも、君は相変わらず優しくて、美しくて、厳しくて、俺のことを叱ってくれる。俺の隣にいてくれる。
例え君が何も覚えていなくても、君との時間が無かったことになるわけじゃない。そうでしょ?
ただ、君の隣で君の笑顔を見続けたい。
前世の記憶があろうとなかろうと、今も昔も俺の願いは変わらないんだ。
『空を見上げて心に浮かんだこと』
空は広くて大きくて、遠いよね。
当たり前のように僕らの頭上に広がっている。
空の先に宇宙があることは、
海の底に深海が広がっていることと
同じことだと思うんだ。
深空とでも呼べば良いのにね。
深海も宇宙も未知に溢れているけれど、
人はどれだけ深く、どれだけ高く、
この世界を知ることができるのだろう。
ちょっとだけ悲しくなった。
少しだけ怖いよね。
大丈夫、明日も生きていけるよ。
終わりの日は決まっているのだから。
『朝、目が覚めると泣いていた』
朝、目が覚めると泣いていた。
そんなことが一度でもあっただろうか。
泣くほど悲しい夢も、泣くほど怖い夢も、
多分一度も見たことがない。
……ああ、でも、子どもの頃に一度だけ。
お母さんと一緒の布団で寝てたとき、
怪獣に追いかけられる夢を見たの。
怖くて怖くて、「逃げなくちゃ!」って思って、
必死に手足を動かした。
ふと目が覚めたのだけど、まだ寝ぼけていて、
私は現実でも必死に手足を動かしていた。
そしたらびっくり。
私は走ってるつもりだったんだけど、
横にいるお母さんのことをぽかぽか叩きまくってたの。
お母さんは起きてなかったけど、顰めっ面になってたのを覚えてる。あの時はごめんね。
兎に角そのくらい怖かったの。
子どもだったこともあって、あの時だけは泣いていたのかもしれない。もうずっと昔の話だけれど。
『星空』
学校に泊まったことはあるかい。
夜の屋上に出たことはあるかい。
あれは人生で一番幸せな時間だった。
重たい扉を開けるだろう。
やけに高い段差を上がって外に出る。
少し肌寒い。
長袖のジャージが暖かい。
夜景が綺麗だな。
ずっと向こうの明かりまで見える。
上を見ろよ。頭上を見ろ。
ほら、輝いていらっしゃる。
屋上にヨガマットを敷いて寝そべるんだ。
見てみろよ。その目に焼き付けろよ。
なぁ、プラネタリウムなんか比じゃねぇな?
目を閉じて風の音を聞いた。
目を開けばこの世で一番綺麗な景色が見えた。
幾つもの星々が、きらきらと、きらきらと、眩しい。
こんなにも広い星空を一切の障害物なしに、
見られてしまって良いのだろうか?
贅沢がすぎるぞ天文部。
「夏の大三角の真ん中にいるはずなんだよ」
そう言って君と、こぎつね座を探した。
あの一夜を忘れることはない。
『この道の先に』
この道の先には終わりが待っているのだと、
最近になってやっと気がつくことができた。
私が楽しもうが苦しもうが、泣こうが笑おうが、
いつか必ず終わりの日が来る。
誰にだって等しく、待っているのは死だ。
死にたいと思っていても、生きたいと思っていても、
結局最後はみんな死ぬんだ。
それが何よりも嬉しくて、何よりも安心した。
こんな私でもいつかはちゃんと終われるの。
待ち遠しいね。
今か今かとその日を待つの。
その日が来るまで私は生きるの。