『梅雨』
君って奴は相合傘がしたかったんだな。
私も君も傘を忘れたことなんてなかった。
だから相合傘なんてする機会はないはずだった。
それなのに君は、君はさ。
私が傘を開こうとしたら急に近くに寄ってきて、問答無用で私を自分の傘に入れてしまったんだ。
私は開きかけた傘をどうすれば良かった?
傘を持っているのに人の傘に入れてもらうなんて変だ。
そこまでして相合傘がしたかったのか。
君も大概、『彼女』とやらに夢を見ているな。
『天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、』
天気の話なんてどうだっていいんだ。
明日が晴れようが、曇ろうが、雨が降ろうが雪が降ろうが、台風が来ようがどうだっていい。
僕が話したいことは、そんなつまらない話じゃない。
僕が話したいのはもっと面白い話で、君と腹を抱えて笑い合えるような話で、テンポ良く会話が弾むような話で、一生の思い出に残るような話だ。
そんな話がしたいんだ。
けれどもそんな、素敵な話が思いつかないから、僕は君と何回目かの天気の話をする。
何度話したって明日の天気は変わらないのにな。
『半袖』
腕を出すのは嫌だからと、君は夏でも長袖を着た。
細い腕を隠して「太いでしょう?」と聞く君は馬鹿だ。
本当は君の半袖が見たかった。
私がどれだけ「太くないよ」と言ったって、
「君にはこの服が似合うよ」と言ったって、
君はそれを受け入れてはくれなかった。
君のその柔らかな肌は日の光を浴びなかった。
それが今はどうだ。
君は真っ白なドレスに身を包み、相変わらず細いその腕を何の躊躇いもなく曝け出されている。
「腕は出したくないのではなかったのか?」
私がそう聞くと、
「彼がこのドレスが似合うと言ってくれたの」
と言って幸せそうに頬を染めた。
君の半袖なんて見れなければ良かった。
『月に願いを』
貴方を見ていると吸い込まれそうになるの。
眩い光。あんなにも遠くにあるのに、こんなにも明るく光って見えるの。不思議でしょう?
貴方が恋しくなる。
決して手が届かないの。
あんなにも綺麗なのに、もっと近くで見たいのに、貴方は誰の手にも収まらない。
それならそれでいいとすら思える。
例え私のものにならずとも、貴方が誰のものにもならないのであれば、別にそれで構わない。
誰のものにもなって欲しくないの。
貴方は貴方でいて欲しい。
貴方は貴方のまま、ずっとそこにいて欲しい。
月に願いを。
どうか何千年後も、貴方がそこに在りますように。
『真夜中』
皆が寝ている時間。
一人起きているのは楽しいさ。
それでいて寂しいさ。
時折、世界があまりにも静かで、もしかしたらこの世界には自分しかいないんじゃないかと不安になる。
そんな時に聞こえるバイクの音が有難い。
いつも新聞を届けてくれてありがとう。
私がこうして夜更かしをしている間も、世界のどこかで誰かが働いている。
私は一人ぼっちなんかじゃないんだ。