諦め、拒み、嘲り、悲しみ、そして絶望、最後には虚無。
適量入れればあらまぁ不思議、深くてジューシー、複雑怪奇、これぞ人生!
もし入れ過ぎることがあったって、一生涯で過剰にならなきゃそれで良し!
あれ、食べないの?味わわないの?
えっ、そのまま捨てちゃいたいって?
どうしてそんなこと言うの?もったいないことしようとするの?
こんなに綺麗な蜜のようで、滑稽なくらいおいしくて、
――どうせ、捨てられやしないのに。
「要するに、恋愛にうつつを抜かしたあまり、仕事をサボったバカップルの話ってわけだ」
それだけ返して、君は淡々とマグカップに口をつける。ラップトップPCから目を離さないまま。
「まぁ、身も蓋もない言い方をするとそうなるかもね」
空になったマグカップがそっと回収されていることに、君は気付いているだろうか。
「…ん、トイレか?」
「うん、そんなとこ」
やっぱり、そこまでは気付いていないらしい。でも、かえって都合が良いかもしれない。
キッチンでマグカップと交換したのは、冷えたビールを注いだ、保温保冷ができるタンブラー、2つ。
「そろそろ、星を見にバルコニーに出ようか。お仕事、もう終わってるんでしょ?」
隣まで戻ってそう声を掛ければ、君の目のきらめきが、驚きで大きくなった。
「なぜ、分かった」
「私がそばを離れたことには気付いたから」
本当に集中している時の君はいつも、そういうことすら気に留めないからね。
「さっきまでは何をしてたの?」
さまよった視線が捉えた液晶画面は、チラチラと人工的な光を放っていたが、やがて君の瞼と連動するかのように閉じられた。
「……作業する、フリをしていた。声を掛けるタイミングを、計算しながら」
ああ困ったな、上がった体温でタンブラーの中身を温めてしまいそうだ。
なんて君に言ったら、まず体温計で私の体温を計り始めそうだけれど、そんな君にこそ、君だからこそ。
「それなら、私に教えてくれないかな。七夕伝説は知っていても、七夕の星空のことは詳しくないんだ」
「これは何に見えますか?」
白衣を纏うひとが、わたしにタブレットの画面を向ける。
「…ロールシャッハ・テストか何かですか」
即座に返ってきた「いいえ」は、部屋なのかすら曖昧なこの空間と同じくらい、無機質だった。
「これは、あなたの心の模様です」
冷静な頭の片隅が荒唐無稽と判断したのをよそに、わたしの本能が、その表現をそのまま呑み込んだ。
「つまり、わたしは今、わたし自身の心を見ているということですか」
「厳密には、そのうちの一つです。あなたの心が持つ一つの姿を、ご覧いただいています」
タブレット画面は腕によって物理的にスクロールされ、元より捉えられない顔が、とうとう隠れる位置まで到達する。
「“これ”を見て、あなたはどう感じますか」
再質問の一筆が、ブラックインクのような闇を空間からはみ出させ、白衣へと広げた。
どうやらあなたの存在すら、私の心の模様であるらしい。