【心と心】
"彼"は、何か勘違いしている気がする。
確証があるわけではないけれど、
そんな気がしてならない。
私の力量が足りなかっただけだから、
責任を感じる必要なんてないのに。
そう言っても"彼"は、"自分"を責めているようだった。
私が、いつも"彼"に、迷惑ばかりかけているからだ。
知り合って3年目に入り、
他愛もないことや自分のことも話すようになって、
"彼"がどんな考え方をする人かを知って、
その頼もしさと優しさに甘えていた。
けどそのせいで、また迷惑をかけてしまった。
私のせいで、"彼"は、"自分自身"を責めている。
「大丈夫だよ。きっと全部、元通りになるさ。」
『うん。…そうだよね。』
あんなに近くにいたはずの"彼"との心の距離が、
ひどく、遠くに感じる。
【何でもないフリ】
最近になって、やっとわかったことがある。
俺は"あいつ"の嘘に気付けなかったんだ。
それも、付き合いの長い同級生に言われて知った。
全く、気が付かなかった。
"こいつ "が笑いながら大丈夫だと言うのなら
大丈夫なんだろうと、そう思っていた。
俺は、"あいつ"のことを、何もわかっていなかった。
知り合って3年目に入り、
他愛もないことや自分のことも話すようになって、
"あいつ"がどんな考え方をする奴なのか、
わかったような気になっていた。
けどそれは、俺の思い上がりだった。
結局、肝心な部分までは、わかっていなかった。
「…そういう訳だ。早く戻って来いよ。」
『あぁ。…そうだな。』
何でもないフリが上手い"あの馬鹿"を、
これ以上、独りにはさせられない。
【手を繋いで】
始めての登校日。
小学1年生だから、本当に始めて学校に行く日。
同じ登校班のお姉さんが、手を繋ぎながら
歩幅を合わせて歩いてくれた。
生憎の雨模様寒かったけど、
暖かかったあの手は、今でも覚えている。
【ありがとう、ごめんね】
『お疲れ。コレ、今朝配られた分だ。置いとくぞ。』
「うん、ごめん、ありがと。」
これは、あいつの口癖みたいなものだ。
"ありがとう"には必ず"ごめん"が付いている。
『あのな…。前から言ってるけど、何で謝るんだよ。』
「えー、何でって言われても…。」
『何も悪いことはしてないんだから、いちいち謝るなよ。』
「んー。でも、手間掛けさせてるわけだし…。」
『これくらい、どうってことねぇよ。』
こいつは真面目で義理堅いやつだが、
頭も固いし聞き分けが悪い。
それに加えて、性分がそうさせているのだろう。
"ごめん"の回数が減ることはなかった。
知り合って間もない頃は、感謝の言葉と共に告げられる
謝罪の言葉が腑に落ちなかったし、
正直なところ、気に食わないとさえ思っていた。
しかし慣れとは恐ろしいもので、今では
それも"あいつらしさ"の1つだと思うようになっていた。
『それにしても、珍しいな。お前が遅れて来るなんて。』
「あぁ〜、まぁ、ちょっと…ね。」
『なんだ、何かあったんだろ?』
「そう、なんだけど…。」
『…言いにくいことか?』
「うん、ごめん。」
『いや、いいんだ。
ただ、無理はするなよ。俺も、出来るだけ力になる。』
「…。ありがとう、…ごめんね。」
そう言って力なく笑うこいつに、違和感を覚えた。
(何かを隠しているんじゃないか…?)
そんな予感がしながらも、追求はしなかった。
こいつの口は良くも悪くも固い。
無理に問い詰めても、また適当にはぐらかされるだろう。
(全く話をしないわけではないんだ。
必要があれば、その時に話してくれるだろう。)
そう呑気に考えていた。
…今は、そのことを後悔して止まない。
【夢と現実】
嫌な夢を見た。
尊敬する、憧れの先輩から、
本物の先輩からは信じられないような、
そんな、酷い暴言をぶつけられた。
激しく罵られた。
夢の中の先輩は、知らない人なんじゃないかと、
別人なのではと思いたくなるほど、怖かった。
(今日、練習日だ…。)
夢は所詮、夢だ。
そうわかっていても、怖かった。
―――
あっという間に練習の時間が訪れる。
先輩はお仕事がお休みだったのか、
いつもより早い到着だった。
楽器を運びながら、先輩の背中に声をかける。
振り向いた先輩は、見慣れた笑顔を浮かべていた。
私が知っている、優しい声。
いつもと同じように、"重いだろ?"と言いながら、
楽器の運搬を手伝ってくれる。
(よかった。先輩は先輩だ。)
同級生にこの話をしたら、
"疲れているんじゃない?"とか
"先輩をなんだと思ってるんだ…"とか
"内容はどうあれ、ついに夢を見るようになったか"とか…。
心配してくれたり、いつも通りに軽口を
叩いてからかったり、反応は三者三様だった。
優しい先輩に愉快な友人たち。
彼らがいるこの現実が、私はたまらなく好きだ。