【たくさんの想い出】
「3年間、あっという間だったな…」
『そうだね。色々あったから、尚更。』
「あぁ。体育祭に修学旅行…。」
『定演にコンクール、合同演奏会。』
「部活のことばかりじゃねぇか。」
『あ、文化祭は?』
「あー。大会と被って、今年しか参加できなかったからな。」
『うん。しかも1日だけ。
準備期間も、部活のことで頭いっぱいだったな。』
私たちの高校では、文化祭は8月末に行われる。
そして8月末には、全日本吹奏楽コンクールの地方大会もあった。
昨年までは、コンクールに向けた遠征中に
文化祭が開かれていたが、今年は1日だけ参加することができた。
『やっぱりさ、文化祭には吹奏楽部がいなきゃだよね。
文化部の花形なんだしさ。』
「花形ってお前、先輩みたいなこと言うな。」
『でも、そうじゃない?うちの学校は特に。』
「まあ、そうかもな。結果も残していることだし。」
先輩方が築いた、県内上位の成績。
『…今年も、全国行けなかったね。
「…あぁ。仕方ねぇよ。」
吹奏楽を続けるなら、強いところでしっかり学ぶと良い。
そう両親に言われ、必死に勉強して入学した強豪校。
少しの不安もあったけど、それ以上に、期待でいっぱいだった。
先輩方は優しくて、中学からパートが変わった
初心者同然の私にも、構え方から音の鳴らし方まで
たくさんのことを教えてくださった。
後輩たちも良い子ばかりで、楽器が上手くない私にも
懐いてくれていた、と思う。
『あと1年だけでいいから、ズレて生まれたかったな…。』
「早いのと遅いの、どっちがいい?」
『んー、どっちでもいい。けど、強いて言うなら早く。』
「だと思った。」
『はぁ?』
「先輩に懐いてたから。」
『……。』
「同級はどうだよ。」
『8割か9割好きくない。』
「俺もだ。」
『ほんと、後輩に申し訳ないし、先輩にも顔向けできないよ。』
「ああ。最上級生として、示しがつかない。」
『先輩たちは、自分の時間も部活に使ってくださってたのに。』
「後輩たちも、本気で全国目指して頑張ってたのにな。」
『…うん…。』
「…俺、お前とは、同じ学年で良かった。」
『なんで?』
「腑に落ちないこともあったが、良い想い出もできた。」
『…私、関係ある?』
「大有りだバカタレ。」
『…私も、同じパートにいてくれて良かったと思うよ。
最後の1年なんか、1人じゃ耐えられなかった。』
「…そうか。」
『うん。』
『…だから…その、…ありがとう。色々と…。』
「…おう…。」
「…なぁ、進学先、お前は県内の大学なんだろ?」
『うん。定演とかのお手伝い、来れるの?』
「もちろんだ。」
『そっか…。』
「あぁ…。」
「…だから、卒業後も…また、会おうぜ。」
【冬になったら】
「うぅ、さむ…」
『ね。もう冬だね。』
「…なぁ、覚えてるか?」
『何を?』
「冬になったら、星見に行くって言ったやつ。」
『あー、合宿で言ってた?』
「おう。」
今年の夏、山での合宿があった。
山と言っても、冬場はスキー場として運営する為、
安全が確保されていた。
だからこそ、だったのだろう。
日中は外に出て、清々しい空の下で
思う存分、練習に打ち込めた。
そして夜には、街灯のない暗闇で
満点の星空を眺めた。
小さい頃から星が好きだった私は、先輩達から
部屋に戻るよう促されるまで、ずっと空を眺めていた。
同級生に言われたくらいでは動じない。
そんな私に、彼がかけた言葉。
「寒い方が綺麗に見えるって先輩が言ってた。
冬になったら、また山登って星見ようぜ。
だから、今日はさっさと部屋戻れ。冷えるぞ。」
――あれ、ちゃんと約束だったんだ…。
『懐かしいね。もう何ヶ月前だっけ?』
「まだ3ヶ月しか経ってねぇよ。」
『そう?』
「あぁ」
『で?』
「ん?なんだ?」
『さっきの、星見に行こうって話。』
「おう」
『本当に行ってくれるの?』
「ああ、そう約束しただろ?」
『約束、でいいの?』
「はぁ?どういうことだ?」
『いや、私を部屋に戻らせる為の口実かと…。』
「あー、まあ確かにそれもあったが…。」
『あったんだ。』
「まぁな。だが、約束は約束だ。
どうする?行くか?」
『うん、行きたい。』
「じゃあ、次の日曜、部活休みだろ?
何か予定はあるか?」
『学校行って練習するつもりだった。』
「俺もだ。」
『じゃあ、練習して、終わったら?』
「だな。学校には16時までしかいれないから…。」
『適当に時間潰してから、だね。』
「ああ。防寒対策しとかないとな。」
『…ねぇ、山、ほんとに登るの?』
「俺はどっちでも構わんぞ。」
『じゃあ近場で済ませよ。
山じゃなくても暗い場所はあるし。』
「お前がそれでいいなら、そうしよう。」
いつもは、自分にも他人にも厳しい彼。
そんな彼が、何となく交わされた口約束を
覚えてくれていて、私の好きにさせてくれる。
『同じ部活でよかった。』
「何だよ急に。」
『は?!聞いてたの?』
「聞こえたんだよ、バカタレ」
お互いに軽口を叩き合える程度には仲良くもなれた。
こんな風に笑い合える同級生は、他にはいない。
初めの1年が、もうすぐ終わる。
残りの2年も、どうかこのまま。
仲良しごっこではなく、本当に心を開ける。
厳しい指摘をするのも、より成長するため。
厳しいといっても、理不尽なことは絶対に言わない。
お互いに信頼しているからこその厳しさ。
――この関係が、これからも続きますように。
【はなればなれ】
今日は先輩方の卒業式。
この1年間、色んなことを教わった。
部活を引退されてからの数ヶ月は、
廊下ですれ違う程度だったけど。
それでも、受験が終わってからは
また部活に参加してくださった。
(先輩と一緒に演奏できるのは、これで最後なんだ…。)
そう思って挑んだ冬のコンサート。
定期演奏会という大舞台を経験したとはいえ、
まだまだ緊張してしまう。
何も無くても緊張してしまうというのに
――同級生が不祥事を起こした。
急遽、パート割りが変更され、初めて担当する楽器を任された。
不安で仕方がなかった。
先輩が得意な楽器を、
一緒に演奏できるはずだったのに。
先輩と同じステージで演奏できる、
最後のコンサートなのに。
問題は他にもあった。
合奏中、何度も失敗してしまうパッセージがあった。
どうしてもズレてしまう。
頭ではわかっている。
メトロノームにも合わせられるのに。
つくづく、自分にこのパートは向いていないのだと痛感した。
…時間が足りない。
もっと、時間が欲しい。
練習する時間、現実と向き合う時間、
先輩と一緒に練習する時間。
色んな感情に押し潰されそうだった。
そんな時に、先輩がくれた言葉。
「お前なら大丈夫だ。細かいことは気にするな!」
(細かいことを気にせずに楽譜通りの演奏ができるか!)
と思う気持ちも多少はあった。
だけど、それ以上に、
励ましの言葉を貰えたことが嬉しかった。
(前にもこんなこと言われたな…。)
それ以来、合奏での失敗は減った。気がする。
全く完璧ではないけれど、少しだけ
肩の荷が下りたような気がした。
最後まで支えてくれた、頼れる先輩。
そんな先輩とも、今日で本当にお別れ。
『先輩。今まで色々と、ありがとうございました。』
「おう、お前もよく頑張ってたな。また次もよろしくな!」
ん?次とは?
「あれ、言ってなかったか?
冬休み中に、ミニコンサートがあるだろ?
それに私も参加することになった!」
『初耳です!』
「そうか!まあ、そういうことだ!なはははは!」
…良い先輩に違いないけど、こう、
ちょっっっと大雑把というか、何というか。
でも、
『また先輩と演奏できるのは、嬉しいです。』
『ミニコン出られるってことは、地元の大学ですか?』
「あぁ、そうだ!」
『じゃあ、定演前の合宿に来てくださったりとか…?』
「合宿どころか、当日も手伝いに行くぞ。」
『えっ!?曲目も決まってないのに!?』
「おいおい、OBは受付とか照明とか裏方の手伝いだぞ。
スーツ着た先輩方いただろう?」
…先輩と離れ離れになるのは、もう少し先のようだ。
【秋風】
『お疲れ様です。』
「おう、お疲れ。これがお前にやってもらう楽譜だ。」
『ありがとうございます。』
「今日は準備ができたらすぐに合奏だ。
譜読みの時間はあまりないが、できるな?」
『はい、連符以外のメロディーは四分音符ばかりなので。』
「よし。じゃあ、頼んだぞ!」
『はい!』
今日から新しい曲の練習が始まる。
誰でも知っている、有名な民謡の吹奏楽アレンジ。
メロディー自体がとても簡単なだけに、
どんなアレンジがされているのか、ワクワクしていた。
(まずはグロッケン、王道のメロディーだ。
で、テンポが変わってシロフォン。あ、これもメロディーか。
リズムがとても愉快だ。最後の連符、は…見たくない…。)
始まる合奏。
まずはゆっくりなテンポ。
グロッケンでメロディーを奏でる、はずだけど…。
… な ん で 楽 器 下 ろ し て る の ?
え、指揮、止ってないよね?
なんで他にメロディー吹いてる人いないの?
私、叩いてて良いんですよね先生?
何?この状況。まさか…
……ソロ…?
メロディーパートが終わり、先輩の方を見る。
(…めっちゃ笑ってる。)
"してやったり"とでも言いたげな先輩と目が合う。
(やられた。騙された…!)
そんなこんなで、本日の部活動が終わる。
『先輩!』
「おぉ、どうした?」
『聞いてないです!』
「何をだ?」
『鍵盤のソロ!あるなんて聞いてないです!』
「ああ、言ってなかったな。いやしかし、初見で
あそこまで出来るとはな。上達したじゃないか!」
『…ありがとうございます。』
「まぁそう拗ねるな。
明日からは、アンサンブルパートの練習しような。」
『はい。よろしくお願いします。』
「おう。じゃ、気を付け帰れよ。お疲れ。」
『お疲れ様です。』
外に出ると、冷たい秋の風が吹き抜ける。
それでもまだ、頬の熱は冷めそうにない。