目が覚める。
真夏の昼、
真冬の朝、
眠れない夜、
色々あるけれど
目が覚めるまでに、見る夢は一体なんだろう?
「***」
彼女は、生きている。
夏の日差しに火照った顔と美しい汗の溢れる額。
内側の繊細さをあらわすように、細い指先。
けれど力強く誇り高く、生きている。
カン、カン、カン。
ガラガラガラ。
入院食を運ぶ人達の姿が見える。廊下を歩いて指定された番号札の病室へ。
消毒の匂いが充満していて塩素の匂いが肺を刺激する。ピッ、ピッ、ピッ――定期的に鳴る電子音と命を繋ぐチューブが並ぶ。
私は眠っている親友を眺めながら本を読む。いつか目を覚ましてくれると信じて。
「またカラオケとか行きたいね」
返事のない彼女に遠い思い出を語る。
カラオケ、ゲームセンター、ファミリーレストラン
喫茶店、水族館や動物園。
今思えば幼い頃からずっと一緒で
隣にいるのが当たり前。
だから疑いもしなかったのだ。
当たり前とは、こんなにも呆気ないものなのか。
彼女が車の方へと向かう時、スローモーションに見えた。今となっては傷跡は嘘のように消えて、彼女のやった偉業すら消えたような……私にとっては、偉業だった。自分の命すら惜しくないと言うように人助けできる勇気も優しさも眩しく見えた。
いつの日か見舞いに持ってきた砂時計は今日もサラサラと落ちていく。元気だった頃の彼女との日常も、この砂時計のように色褪せて落ちていくのか。
まだ鮮明な記憶が失われていくことに恐怖がある。
目の裏に焼き付くゲームセンターの眩しい光の集まりも、カラオケで耳に響く歌声も、ファミリーレストランで有り触れた雑談の内容も、いつかきっと、忘れてしまうのだ。
でも、彼女は……生きている。
雨の日も嫌いじゃないわ
あなたと相合い傘できるから
でも、明日もし晴れたら
ショッピングにも行きたいし、遊園地にだって
行ってみたいわ
台風の日や雷の日も、お家でデートできるから嫌いじゃないわ。
昔から雨の日は嫌いだった。
憂鬱とした気分になっちゃうし、
洗濯物は濡れちゃう。
晴れの日も暑くて耐えられない。
眩しくて目を開けてられない。
台風の日や雷の日なんてお友達にも会えないし
最悪な日だった。
でも、毎日が今は輝いて見える
何気ないことも
つらいことも
あなたとなら乗り越えられる
だって私はあなたを愛しているのだから
「君が嫌いだ」
割れたガラスのように
パリンと、砕けた。
愛していた人だった。
もう千切れかけている糸がぷっつりと切れたのだ。
例えるなら、人との繋がり。糸が絡まるように、糸を結ぶように、関わってきたものがぷっつりと。
人の心が壊れるときは、案外、簡単だ。
やけにあっさりとしている。
いつも重い荷物を抱えているようで
濁りきった黒い淀みを胸に抱えていた。
決して浄化されたわけではないけれど、砕けた硝子の隙間から漏れ出るように、減っていく。
レゴブロックみたいに積み重ねるのは時間がかかるけど、崩すのは一瞬だった。
なぜか息を吸うのが楽になる。
好きだった。手放せないほどに愛していた。
糸を紡ぐのは、織るのは、時間がかかる。
そう、大変な作業。どこか心の片隅で。
もうやらなくていいのだと安心した自分が居る。
あんなに耐えていた昔の自分が滑稽で、なのに強く思えた。たった一人の――をどれだけ傷つけられても愛せたこと。
『強くなったね』
『優しくなったね』
(そうかしら?)
取り繕うことを覚えただけだ。人と距離を置けば心に傷をつけなくてすむ。見なくてすむ。どこまでも臆病。
だから、一人でいたい。
「今の私のほうが弱いかも」
優しさは強さだというけれど、
強く見える人は優しくない。
大人のふりを覚えただけ。
煙草も吸えるようになって、
お酒も飲めるようになって、
満員電車に乗って。
きっと子どもたちのほうが大人だった。
傷つくことが怖くて向き合えない。
なんて情けない。
愛は人を強くするとよく言うけれど、
私にとっての愛とは、枷。
(サヨウナラ)
君の澄んだ瞳が好きだった
純粋で、優しくて、明るくて、
とても美しかった。
何を間違ったのだろう?
きっと、
歯車が噛み合わなくなるようなものだった。
誰のせいでもなく、
しかし偶然でもなく。
嗚呼、神様、
どうか過去に戻れるのなら戻りたい。
星空のように輝く君の瞳をもう一度だけ見たい。