こはる

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「***」
彼女は、生きている。
夏の日差しに火照った顔と美しい汗の溢れる額。
内側の繊細さをあらわすように、細い指先。
けれど力強く誇り高く、生きている。

カン、カン、カン。
ガラガラガラ。
入院食を運ぶ人達の姿が見える。廊下を歩いて指定された番号札の病室へ。

消毒の匂いが充満していて塩素の匂いが肺を刺激する。ピッ、ピッ、ピッ――定期的に鳴る電子音と命を繋ぐチューブが並ぶ。
私は眠っている親友を眺めながら本を読む。いつか目を覚ましてくれると信じて。
「またカラオケとか行きたいね」
返事のない彼女に遠い思い出を語る。
カラオケ、ゲームセンター、ファミリーレストラン
喫茶店、水族館や動物園。

今思えば幼い頃からずっと一緒で
隣にいるのが当たり前。

だから疑いもしなかったのだ。
当たり前とは、こんなにも呆気ないものなのか。
彼女が車の方へと向かう時、スローモーションに見えた。今となっては傷跡は嘘のように消えて、彼女のやった偉業すら消えたような……私にとっては、偉業だった。自分の命すら惜しくないと言うように人助けできる勇気も優しさも眩しく見えた。
いつの日か見舞いに持ってきた砂時計は今日もサラサラと落ちていく。元気だった頃の彼女との日常も、この砂時計のように色褪せて落ちていくのか。

まだ鮮明な記憶が失われていくことに恐怖がある。
目の裏に焼き付くゲームセンターの眩しい光の集まりも、カラオケで耳に響く歌声も、ファミリーレストランで有り触れた雑談の内容も、いつかきっと、忘れてしまうのだ。
でも、彼女は……生きている。

8/2/2024, 10:14:49 AM