夜の雨の音を聞くと、いつかどこかのBARでピアノに混じって聞こえた音のことを思い出す。
耳に当てた貝殻のように落ち着く音だった。
もう還らないあの日々のことを思い出すと胸がキュッとなる。
荒野に漂うアンデッドの腐臭を、わずかでも洗い流してくれないかと祈りながら、埃の匂いがする無機質なシーツにくるまって目を瞑る。
明日晴れたら、─────……
どうしてこの場所がわかったの?
どうしてそんなに連れ戻したがるの?
穏やかな終末に居心地が良くて
この人たちとなら戦えるって思い始めていたのに
そんな仲間たちのことを危険に晒したのはこのわたし。
やめてよ。
これ以上あなたたちを巻き込みたくないんだよ。
これ以上一緒にいたらいつか来るかもしれない別れに耐えられなくなってしまうから。
これ以上大切な人たちを失いたくないから。
『だから、一人でいたい。』
初めて見たのは電子書籍の雑誌の表紙だった。
磨かれた宝石のように透き通った榛色。
光の虹彩で金色にも薄緑にも光る瞳が美しい。
世界中、どこを探してもこんなに綺麗な眼は彼女だけのものだろう。
そして今、まさにその眼に下から見上げられている。
─────彼女が誰かなんて、名前を聞かなくても判るだろ。
湿った風の匂い、揺れる大気。
いつだってターニングポイントには激しい雷雨が付き纏う。
──────絶対に許さない
心臓の奥深くからびりびりと込み上げる電流の息吹。
身体を酷く濡らす雨、
鳴り響く雷鳴はあの時のことを思い出す。
嵐が来ようとも、
…いや、これから嵐を巻き起こすのは、彼女自身である。
前歯で齧り取ったリンゴ飴の味がわからないくらいに高鳴る心臓の鼓動は、神輿の子供が叩く力強い太鼓の音とシンクロしていた。
いつもはピアノを弾く大きくも繊細な手に包まれたわたしの手は、亜熱帯のような熱気と緊張の湿度にまみれて湿っている。
─────クラスの誰かに会わないだろうか。
そんなことばかり考えていると不意に耳元でいい声が囁く。
「俺から離れないで」