『この思い、届きますように』
そう願いながら、彼の下駄箱に手紙を入れた。
今どきなら、スマホを介してでもやりとりできる。
なのに、自分はこんな面倒くさい方法で思いを伝えようとしている。
その理由は簡単。
この方法の方が、ちゃんと気持ちを届けられると思ったから。
なんとなく、だけどね。
溢れる気持ちは、言葉となり、文章となり、一本の赤い糸となる。
もう私は準備万端。
あとは相手が結んでくれるか。
あぁどうか、
『この思い、届きますように』
〜溢れる気持ち〜
おはよう、のKiss。
行ってきます、のKiss。
ただいま、のKiss。
おやすみ、のKiss。
そのどれもが私を『幸せ』にしてくれる、
そして、私には勿体ないくらいの、
至高のお菓子のようで。
もうやめなきゃ、って思っても、
また食べたくなっちゃう。
欲しくなっちゃう。
するとあなたは応えてくれる。
嫌な顔ひとつせず。
ミルクチョコレートのように甘い笑顔で。
そして、私は、またあなたに溺れてゆく……
〜Kiss〜
1000年先も、ずっと『人間』という存在がいてくれたらいい。
人間の優しさが、
人間の温もりが、
人間の楽しさ、面白さが、
ずっと、ずうっと残り続けてくれたらいい。
〜1000年先も〜
「……明(あかり)!」
俺は勢いよく病室の扉を開ける。そこには、ただ黙って外の景色を眺めていた。
「明……無事か?」
早歩きで彼女のもとへ向かう。すると、ゆっくりとこちらを向いた。
「あか……り……」
そこにいたのは、明ではない人だった。いや、明ではある。ただ、なんと言えばいいのか……抜け落ちているような、どこかぼんやりしているような。上手く言葉にはできないが、とにかく、俺の知っている明ではなかった。
「……お見舞いのお花、持ってきたよ。明」
花瓶に、さっき花屋で買ってきた『勿忘草』を挿す。鮮やかな青色で、小さな花を咲かせている。これは、彼女の大好きな花だ。「可愛らしい花よね」と言って、微笑んだ彼女は、とても天使のようで美しく、思わず一目惚れしてしまった。
そんなこんなで、俺は彼女と恋人関係を築いた。今日は、俺たちが恋人になって一周年。だからこそ、彼女の喜ぶものをプレゼントした。本当は、こんな場所でするはずではなかったのだが。青信号だったのに、信号無視の車が突っ込んできて、明は重傷を負った。あの場に俺がいたら良かったと、何度思ってきたことか。
俺は辛さに目を伏せていると、ふと声が聞こえた。
「……誰だか分かりませんが、ありがとうございます。きれいな花ですね」
「……そうだね」
やっぱり。やっぱり、そうだったか。俺は病室を出て、その場にへたり込む。涙が溢れ出て、止まらなかった。
『私を忘れないで』いや、『あなたを思い出させる』。
俺が。ゆっくりでも。
〜勿忘草〜
ギーコ、ギーコ……
古びたブランコから、錆びた金属が軋む音が聞こえる。ここは、かなり前から誰からも使われない、廃公園になってしまった。すぐ隣に、新人さんがやってきて、みんなは、その新しい方で遊ぶようにになってしまった。今や、この廃れた公園で遊んでいる――いや、慰めてもらっているのは、ただ一人、私だけだ。そんな中、私のお気に入りは、このブランコ。4つ並んでいて、よく友達と、どこまで高く漕げるか競争をしていた。今となっては、ほんの少しの風が相手。私も社会人になって、みんなもそれぞれの道に進んで。
「……はぁ、またみんなと一緒に遊べたらなぁ」
なんだか、哀しくなってくる。今頃みんなは何をしているんだろうか。
ギーーーコ……
一際大きな音を立ててから、ブランコをおりる。すると、枯葉とともに秋風が流れてきて、私の頭を優しく撫でていった。
〜ブランコ〜