「……明(あかり)!」
俺は勢いよく病室の扉を開ける。そこには、ただ黙って外の景色を眺めていた。
「明……無事か?」
早歩きで彼女のもとへ向かう。すると、ゆっくりとこちらを向いた。
「あか……り……」
そこにいたのは、明ではない人だった。いや、明ではある。ただ、なんと言えばいいのか……抜け落ちているような、どこかぼんやりしているような。上手く言葉にはできないが、とにかく、俺の知っている明ではなかった。
「……お見舞いのお花、持ってきたよ。明」
花瓶に、さっき花屋で買ってきた『勿忘草』を挿す。鮮やかな青色で、小さな花を咲かせている。これは、彼女の大好きな花だ。「可愛らしい花よね」と言って、微笑んだ彼女は、とても天使のようで美しく、思わず一目惚れしてしまった。
そんなこんなで、俺は彼女と恋人関係を築いた。今日は、俺たちが恋人になって一周年。だからこそ、彼女の喜ぶものをプレゼントした。本当は、こんな場所でするはずではなかったのだが。青信号だったのに、信号無視の車が突っ込んできて、明は重傷を負った。あの場に俺がいたら良かったと、何度思ってきたことか。
俺は辛さに目を伏せていると、ふと声が聞こえた。
「……誰だか分かりませんが、ありがとうございます。きれいな花ですね」
「……そうだね」
やっぱり。やっぱり、そうだったか。俺は病室を出て、その場にへたり込む。涙が溢れ出て、止まらなかった。
『私を忘れないで』いや、『あなたを思い出させる』。
俺が。ゆっくりでも。
〜勿忘草〜
2/2/2023, 3:57:48 PM