頑張って生きる一般人さん。

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5/17/2025, 4:35:17 PM

 あの人と結婚して、番になってから数ヶ月。僕達の生活は順風満帆、とは言い切れないけれど、幸せで満たされた日々を過ごしていた。こんなにも愛おしい彼がすぐ近くにいてくれて。僕が作るご飯を美味しそうに食べてくれて。仕事で疲れているはずなのに、家事も手伝ってくれて。彼が休みの日には、どこか出かけようかって声をかけてくれる。あの人にとっては何気ない行為なのかもしれない。でも僕にとっては、改めて大切にされているんだって実感して、心の奥底から嬉しい気持ちでいっぱいになる。ただ最近は、少し変わっていて――
(……今日も遅くなっちゃうのか)
 一通り家事を終えて、ソファーでくつろいでいた時。ショートメッセージで送られてきた文面を見て、僕は目を伏せる。そう、数日前から彼の仕事の帰りが遅くなっていた。いつもなら仕事が終わったらすぐ帰ってきてくれた。遅くなるとしても、はっきりとした理由を明記してくれる。だけど最近は違う。『すまない、今日も帰りが遅くなる』の一点張り。どうしてなのか気になってしまう。僕よりも良い人を見つけて、ご飯にでも行ってるのかな。それとも、もう僕じゃ満足出来なくなった……? なんて不安や嫉妬も渦巻く。けれど、なかなか聞く勇気も出なくて。『分かった。帰り気をつけてね!』なんて、今の感情とは裏腹の返信をしてしまった。
(どうしよう、番を解消したいなんて言われたら)
 近くにあったクッションに縋るように抱きつく。何の取り柄もないオメガの僕と結婚してくれた。『お前以外考えられない、愛してる』って誓ってくれた。そんな彼のことを、僕は一生手離したくないのに。なぜだか、今だけ彼の背中が遠くにあるような気がしてならなかった。どれだけ必死に手を伸ばしても、指先が届かない。そのくらいに。じわり、とクッションに染み込む感覚。僕は嫌な予感を払い除けるように頭を振った。そして、自身の項にそっと手を添える。
(……そんなこと、絶対ない。今までたくさんの幸福を受け取ってきたから、感覚が麻痺していたんだ。仕方ないことだよ。彼も仕事で忙しいんだ。必ず僕優先、だなんてことはないよ。それに、生活を支えようと、一生懸命頑張ってるから……僕だって彼のことをしっかり支えられるように、努力しなきゃ)
 でも今はなかなか前向きに考えることが出来ない。僕はソファーから起き上がると、おもむろに冷蔵庫へと足を運んだ。そして中身を確認してみる。
(あ、あった)
 僕が取り出したのは、ジュースっぽい見た目をした缶のお酒。ゆずれもん味で、アルコールもほんの少しだけ。普段からあまり飲む方ではないけれど、スーパーで安く売っていたから、つい買ってしまった。……今日くらい、ちょっといいよね。気を紛らわせるにはちょうどいい気がするし。まだ彼も帰ってこないだろうから……なんてことを頭の片隅で考えながら、僕は一人テーブルについた。そして自分の内にあるネガティブな気持ちを全て流し込もうと、缶を手に取った。

 それから少し経ち、酔いが程よく回った頃。玄関からチャイムの音が聞こえ、ふと我に返った。彼が帰ってきた! と思い嬉々として椅子から立ち上がる。だけど結果は大外れ。『宅配便でーす。荷物届けに来ましたー』なんて全然違う声が聞こえてきた。気落ちした僕は残っていた少量のお酒を全部飲み干し、不服そうに唇を尖らせた。まだ酔いが醒めていない頭で玄関まで歩いていき、荷物を受け取る。箱には彼の名前が書かれていた。然程大きくなく、それなりに軽い荷物だ。
(……なんか、きになるなぁ)
 小首を傾げつつも、テーブルの上に置く。なんだか今は中身が気になって仕方がない。いつもならこんなこと、ないのに。ぽわぽわと酔っている状態では、上手く頭が働かなかった。そして気づけば封を切って、中を覗いてしまった。何が入っていたのか分かった瞬間、頬が赤りんごのように真っ赤になったのが分かった。心臓のドキドキが止まらない。
(これって――!)


(……今日も遅くなってしまった。だが、今日で無事に決めることが出来た。後は渡すだけだ)
 けれど正直、あいつが喜ぶ顔がなかなか想像できない。何日も理由を秘密にして、帰りが遅くなっているんだ。連絡をする度に、彼は明るく平気そうに振舞ってくれるが、実際はそうではないだろう。画面越しでは悲しそうに眉をひそめ、寂しそうにしているはずだ。街の灯りに相反して、重く沈んだ心を持ちながら、俺は帰路を急いだ。
「――ただいま。今帰ったよ。遅くなってごめんな」
 合鍵を使って素早く玄関のドアを開ける。しかし、声は返ってこない。普段であれば、すぐに玄関まで駆けつけて『おかえり。今日もお疲れ様』と、優しく労いの言葉をかけてくれるのに。今は静かで不穏な空気が漂っている。いつもと違う状況に、一気に不安が押し寄せてきた。リビングの明かりは……消えている。だが代わりに寝室の方の明かりはついていた。そこでハッとする。もしかして――俺は一目散に寝室へと向かい、勢いよく扉を開けた。
「おい、大丈夫か!」
 どうか無事であって欲しい、その一心で必死に声を出した。そして彼の元へと歩みを進めた。そこで状態を確認できた時、言葉にならない衝撃が俺を貫いた。小さな寝息を立てて、穏やかそうに眠っていて一安心ではある。ただ驚いたのは、その服装だ。
(……後で絶対に似合うから着せてみたいとは思っていたが、何で今着ているんだ――!?)
 淡いピンク色の薄い生地で出来た衣装。露出は少ないものの、ふわっとしたフリルが可愛らしく、胸元にあしらわれている大きなリボンが目を惹くデザイン。いわゆるベビードールというものだ。そのような格好をしている彼が、俺の衣類を大事そうに抱き締めて横になっている。まるで親が雛を温めているようだ。加えてほのかに香るのは彼のフェロモン。お日様のように暖かく、甘い花の蜜のような香りの中に、何だか少しアルコールも乗っている気がする。その香りに導かれ、彼に触れようとゆっくり手を伸ばした時。潤んだ紅藤色の瞳がそっと開かれた。
「あ……かえって、きたの……?」
「あぁ。ただいま。遅くなって本当にすまない。ずっと不安で心配だったよな」
「ううん、だいじょうぶ、だよ。おかえり、会いたかった」
 俺のことを捉えるなり、幸せそうに顔を蕩けさせて抱きついてきた。そしてそのまま首筋に顔を埋めてきた。あまりに大胆な行動といい、これまでの流れといい、動揺するも内心では抑えきれない興奮が燻っていた。それに拍車をかけるように、彼は耳元で熱い吐息とともに囁いた。
 僕のこといっぱい愛して――と。


「……ん」
「おはよう」
 ちゅ、と額に口付けをされた感覚で、意識が覚めた。いつの間にか辺りは明るくなっていて、カーテンの隙間からは、キラキラと日光が差し込んでいた。外はすっかり朝になっていたようだ。それから隣には柔らかく微笑んでいる彼がいて、僕の身体には至る所に紅色の痕が散りばめられている。そこで僕は昨晩の行為を思い出し、恥ずかしさで思わず毛布を頭まで被った。
「……っふふ、どうした? 急に頭まで毛布被って」
「わっ、忘れて! 昨日のは全部、忘れて!」
「忘れられるわけないだろ? あんな可愛いおねだり、忘れる方が難しいな。それに、俺が通販で買っておいた――」
「わーっ! あれはちょっと酔ってて、それで……その……喜んで、くれるかな、なんて」
 自分で言ったことでさらに羞恥心が募り、語尾がどんどん小さくなる。さらに毛布を被っているからか、モゴモゴした音質になる。その様子に彼はまたからかうように笑った後、急に真剣な声で「渡したいものがある」なんて言われたから、僕は渋々顔を出し、身体を起こした。彼が手に持っていたのは、黒色で縦に長い箱で、真っ赤なリボンが丁寧に巻かれている。
「これって……」
「開けてみてほしい」
 そう言われ、手渡された箱の蓋を恐る恐る取ってみた。その中身に、僕は息を呑み込むと同時に、大きな幸せに包まれ、段々と視界がぼやけていくのを感じた。彼から受け取ったもの。それは美しいシルバーネックレスだった。中央には小さくも存在感を放っている、エメラルドがはめ込まれている。色んな感情が混ざって処理しきれない中、彼は落ち着いた声音で話した。
「今日で俺たちが結婚して半年だよな。だからそのお祝いで何かお揃いのものが欲しいなって思ってさ。サプライズしようと思って、ずっと内緒にしていたんだ。でもそれが、かえってお前を不安にさせたり、心配させたりしてしまった。本当に申し訳ないことをした」
 彼の口から話される真実を、僕は黙って聞いていた。僕のことを喜ばせようとしてくれていたのに……あんなことを考えていた自分に嫌気が差す。僕も伝えなきゃ。これまでのこと。それから、今のこの気持ちも。僕は彼の手に自身の手を重ね、ゆっくりと口を開いた。
「ううん……って言いたいけど、本当は大丈夫じゃなかった。ずっとずっと、僕から離れてしまうんじゃないかって。番も、解消しちゃうんじゃないかって」
「っ……そう、だよな。本当――」
「でも、こうやってお祝いしてくれて、ちゃんと話してくれて。僕はとっても嬉しい気持ちで満たされているんだよ。だから、そんなに謝らないで。僕だって悪いんだからさ。勝手にあんな風に考えてて、ごめんね。改めて、僕のことを大切に、愛してくれてありがとう」
 少し俯き加減に暗くなっている空色の瞳を、真っ直ぐに見つめてはっきりと伝えた。驚いたように目を見開いた後、「こちらこそありがとうな」と安心したように話した。徐々に彼の瞳が綺麗な空色に澄み渡っていくのを感じた。それからお互いに「一周年の時はどうしようか」なんて喋りながら笑い合った後、お揃いのネックレスをつけ合った。太陽の光を受け、胸元の宝石はこの先の未来を照らし出すように、キラリと輝きを放った。

〜(別題で失礼します)〜

3/8/2025, 11:59:01 AM

貴方と一緒にいられるだけで
幸せいっぱい満たされる

初めて出会ったあの日から今日の今日まで
貴方でいっぱい埋め尽くされている

燃え滾る熱い眼差しの奥底にある優しい瞳も
心地よく残っているこの噛み跡も
僕よりも大きな腕で抱きしめて、手を握ってくれて
真っ直ぐに愛を伝えてくれることも

全部全部僕のもの
誰にも渡したくない。


お前と一緒にいられるだけで
幸せたくさん満たされる

初めて出会ったあの日から今日の今日まで
お前を絶対離さないって決めていた

謙虚なお前が素直に俺を求めてくれた姿も
脳まで焼き尽くすような甘く蕩ける香りも
俺よりも白くて綺麗な腕で抱きしめて、手を握り返してくれて
優しい声で伝えてくれる愛の言葉も

全部全部俺のもの
誰かに渡してなるものか。


何気ない日常生活、
小さな幸せと大きな愛と共に、
いつまでも歩み続ける。

――傍にいてくれて、ありがとう。

〜(別題で失礼します)〜

1/28/2025, 5:41:06 PM

母から貰ったカンカン帽
真っ赤なリボンがついたカンカン帽

今日はどこへ行こうか。

いつも学校の放課後で遊ぶ公園、
ビーズみたいにキラキラ光る小川、
野良猫いっぱいの路地裏、

いつも一緒
この帽子と一緒


母から貰ったカンカン帽
すこし煤けた赤リボンのカンカン帽

今日はどこへ行こうか。

大きな観覧車が目立つ遊園地、
彼と共に眺める壮大な海、
街灯が煌めく大路。

いつも一緒
この帽子と一緒


母から貰ったカンカン帽
あのリボンはもう見えないカンカン帽

今日はどこにも行かない。
ずっとここにいるよ
たくさんの思い出に浸ろう

いつも一緒
この帽子と一緒、
ビーズみたいにキラキラ光る小川、
野良猫いっぱいの路地裏

いつも一緒
この帽子と一緒


〜帽子かぶって〜

10/31/2024, 1:21:51 PM

 今日は年に一度のハロウィン。この日くらい、仮装している人々に紛れて君に逢いたい、触れたい。彼が住んでいる号室の前に、ずっといる。だって、未練タラタラで捨てきれないんだもん。ベランダから街を見下ろす。たくさんの灯りがギラついていて、あまり好きじゃない。
(……あ、帰ってきた)
 向こうから伸びをしながら歩いてくるのは、僕の好きな人。愛して愛してやまない人。前まで幸せに暮らしていたのに。血が出そうなほど下唇を強く噛む。徐々に近づく距離。僕は耐えきれなくなったように、そこから歩き出し、手を伸ばしてしまった。
「おかえり、待ってた――」
 よ、と言い切る前に彼は完全に無視して、僕のことを素通りしてしまう。泣きたくなったけれど、何とか我慢して一緒に歩き出す。彼だって、楽しそうな笑顔が好きって僕に言ってくれた。鍵を開け、ドアが開いた瞬間を見計らって、即座に中へ入る。
「ねぇねぇ、今日はハロウィンなんだってね。すごく街が賑やかそうでさ。でも僕は君がいればどんな日だって……」
「んん……なんかやけに今日は寒いな。あれ、俺ちゃんと部屋の窓閉めたよな」
 やっぱり、聞こえてない。うん、そうだよね。仕方ないよね、知ってるよ。会話することが出来ない、手を繋ぐことも出来ない、抱き締めてもらうことなんて尚更。彼と逢えて嬉しいはずなのに。勝手に涙がこぼれ落ちて、地面を濡らす。そんな中で彼は電気をつけてリビングへ入り、ソファにスーツとバッグを放り投げるように置き、とある場所で足を止めた。それは――僕たちが一緒に撮った写真の数々が置いている所。遊園地、動物園、水族館。お互いの誕生日をお祝いした時。一つ一つが小さな額縁に入っていたり、アルバムに閉じていたりした。僕がそっと彼の前に回り込んだ時。君は一枚の写真を手に取り、いつもみたいに軽く笑って言った。
「ハッピーハロウィン!お菓子をくれなきゃイタズラするぞー!……って、何言ってんだろうな、俺。もうお前いないのにさ」
 写真を持っている手がふるふると震え出す。眉間に皺を寄せて、目には大粒の涙が浮かんでいる。いつもなら僕の前でこんな顔しないのに。でも、君も僕と一緒の気持ちなんだよね。
「もっと色んな場所行って、姿も見たかったのに……あわよくば今日の仮装だって……。早く、またお前に逢いたいよ……戻ってこいよ……」
「僕はここにいるよ。ずっと、ずっと君のことが大好きなんだから。身体が弱いからって、ネガティブだらけな僕と一緒に笑ってくれたの、大切な思い出なんだから……!」
 思わず僕は彼のことを後ろから抱き締めた。今ここにいる君の身体と、きっと今しかいられない透けている僕の身体。温度なんて分かんない。彼が感じているのかも。こんなにも近いのに遠く感じる。でも絶対に胸に秘めている気持ちは一緒。それだけでも心が満たされていくのを感じる。
 今日の仮装は『お化け』ってことで許してよ。まぁでも、来年も再来年も一緒かなぁ。でもまた逢いに行くから。絶対にね。

〜別題〜

10/25/2024, 4:39:35 PM

あめだまひとつ、いかがですか

きれいなあめはころり、ころがって
ひびがいっぱいのは、すてられる
あまいみつがとろり、とろけても
みんなはそれに、ふれてくれない


わたがしひとつ、いかがですか

ふわふわしてるね、ゆめみごごち
ふわふわしてるよ、ぼくのからだも
だれかだいてよ
このからだ


こんぺいとうひとつ、いかがですか

イガイガ、ゴツゴツ
まるでぼくのこころみたい
チクチク、モヤモヤ
みんなのこころもそうなの?


いっしょうけんめいさそっても
ぼくはからっぽ、みたされない
ねぇ、おねがい、だれか
ぼくをだいて
あいをおしえて

〜別題〜

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