田中ボルケーノ

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9/27/2024, 2:44:29 PM

くよくよすんな、大丈夫

通り雨みたいなもんでさ
雨雲はついぞ流れてお日様が照らす
雨降って地固まるって言うだろ?

その固まった大地から
芽が息吹き花を咲かせるんだよ

だから大丈夫、
この雨は花を咲かせる為の通り雨なんだから

今回も我ながら良いことを言った、
コイツが女にフラれる度に居酒屋に呼び出される
これでコイツも元気になるやろ、と思ったら


二回目、


向かいで死体の様にうっ伏せてたヤツが急に呟いたので

えっ?何?

何のことか理解出来ずに聞き返すと

テーブルに俯いていた顔をようやく上げ、
真っ赤に腫らした目を真っ直ぐこちらに向け怨めしそうに、もう一度呟く


それ、二回目、
前も言ってた


言われて思い出す
確かに前にも同じく通り雨の話をしたかもしれない、
ゆかりちゃんの時だった気がする


花、咲かないじゃん


そういうとまたテーブルに顔を伏せた


まいったな、今回は深刻だ

忘れてたのは悪かったけどさ
毎回お前が恋して雨にフラれる度に
慰めの名言を考える俺の身にもなって欲しい

いい加減、とっとと花を咲かせてくれよ

   
              『通り雨』

9/26/2024, 12:20:41 PM

すいません、通して下さい、急いでるんです

終業のベルと同時にタイムカードを押して会社を飛び出た私は
駅へ走りエスカレーターの人の網をサイドステップで避けて、搔き分け、駆け上がり、電車に飛び乗った

理論上、最短で乗れる家までの電車への乗車、成功である

乗っている間にスマホを駆使して最適のルートを探る

計算を始める
同時進行で進められるものは同時に行う

計画が決まるとイヤホンをつけ、爆音でお気に入りの音楽を流す
電車のドアが開いた瞬間から全力でダッシュ

家への最短ラインを全速力で駆け抜け、鍵を開け箪笥の中身を放り投げた

押し入れの奥にしまったお気に入りのロングTシャツを引っ張り出して着替えると
残りの衣類を箪笥にぶち込んでもう一度外へ飛び出る

最寄りのTSUTAYAまで約2㎞

猛ダッシュで息も切れ切れに辿り着くと気になっていた本を手当たり次第、全部カゴに入れて会計を済ませる

また走る

前から行ってみたかったステーキハウスへ駆け込み一番値段の高いステーキを注文
ステーキを待つ間にTSUTAYAで買った本を開封し読みながら次の曲を選曲、どの曲にしようかな、などと迷っている暇はない

運ばれたステーキはアツアツだったが、口がヤケドするかも、なんてそんなことを気にしている暇もない
お構いなしでかき込みながら、先ほど計画した一番近い山までのルートを頭の中で反芻する

口をモゴモゴしながら会計をし、描いたルートを辿りながら山を目指す


どうやら今年は秋が短いらしい

今日の昼に流れたラジオで気象予報士が自慢気に言っていた

それなら堪能しなくては


坂道を駆け上がり紅葉を探す

山を通う車の気配はもうない

影になった木々から月が零れる

正反対にあるだろう太陽の光を

全身で反射させて

真紅に色づく葉の隙間から

輝き

私に届けてくれた


今年は秋が短いらしい

堪能しなくては


                『秋』

9/25/2024, 2:16:55 PM

あれ?なんか違うな

もう一度
拘った最高級の漆黒のカーテンを閉めて
もう一度勢いよく開ける

あれ?なんだこれ


世の中、なんだかんだ言っても金

金さえあれば全て上手くいく
どんなマズイ飯でも一振りすれば美味くなる万能調味料、それが金

そして、城

かつてのどんな将軍も城に住む
貧乏神を寄せ付けず圧倒的力を誇示する我が塒、それが城

それに気づいた時、絶対に手にいれるべきものが見つかった

最終目標、最高到達点

私はついに手に入れたのだ

都内の最上位
あらゆる光がこの場所より下で粒の様に藻掻くこの場所

それを見下ろす我が塒


金を稼ぐのにコツを見つけた
法のギリギリを渡り、たまにはそれが踏み越えていたとしても致し方がない

人はどんなに仲間だと思って信頼していても最終最後は寝返るものだし、
寝返るのを見越して先手を打つのは世の趨勢というものである

危ない橋を幾度と渡り、使えるヤツは使い捨てた

そうやってようやく辿り着いたこのマンションで今夜、セレモニーを開催する

誰もが嫌がる危険を犯したし、それを乗り越える強運も備えていた

そうでもしないと手に入らない景色

日本の中枢の最高地点から、全てを見下ろすのだ

さあ、いよいよ

カーテンに手をかけ、勢いよく開ける



あれ?

なんか違うな

目に映るのは

単なる光の粒で

赤だの黄色だの

まるでお花畑

もう一度

危険を犯したし

拘った最高級の

仲間も裏切った

漆黒のカーテンを

たった一人で

閉めて

辿り着いたこの景色を

もう一度勢いよく開ける

あれ?なんだこれ


窓が歪む

ビルが崩れる


         『窓から見える景色』

9/24/2024, 1:47:54 PM

しかしさ、あんなに怒鳴ることないよな、
やっぱ犯人は部長なんじゃねーの

馴染みの居酒屋の座敷に腰を下ろすと平井はジャケットをハンガーに掛けながら早速、切り出した
トクトクとキリンラガーを自分のグラスへ注ぐ、私は生のドライで平井はキリンの瓶ビール
恒例の儀式、グラスを合わせる、おつかれす

グイと生ビールを流し込みながら考える
初手で平井が持ち出した部長本人が犯人説

これには私は懐疑的な立場をとった

いや、でもやらかした本人があんなキレる?
私が犯人で部長の立場だったらあのテンションだせないわ、
自分でやらかしといてあのテンションはさすがに人としてヤバイでしょ
まずさ、本人なら黙ってると思うんだよね

なんで平井は頑なに瓶ビールなのか、尋ねたことがあったけど
どうでも良い理由を述べられてよく覚えていない

そうか、確かに俺が犯人なら黙ってるかも
何事も無かったかのようにスルーするよな
となると、犯人はあっちの二人か


14:30
事件はエレベーターで起こった

その場に居合わせたのは5名
来期の売上を左右する大事な商談が無事終わり、皆がホッとしていた
相手先を玄関ホールへお見送りをしようとエレベーターに乗り込んだその間だった


誰かがエレベーターでやらかしたのである

完全にオナラだった

形のないものが穏やかな空気を破壊していく

短い時間ではあったが、
全員が無言になり、
エレベーターのドアが開くまで臭いに耐えていた


音は無かった、けどそれが余計にたちが悪い

お客様を見送った後、私と平井は部長室に呼ばれる

お前らどうするつもりなんだ!お前らのすかしっぺのせいで大事な商談がお釈迦になったらどう責任を取るつもりなんだ!って


あんなに怒る梶原部長を見るのは初めてだった、何ハラかわからないくらい怒ってた


多分、あの二人のどっちかだよね、取引先の
何食わぬ顔しちゃってさ、

と、私は平井に声をかける

平井はホッとしたようだった


本当はとっくに気づいてた

それ以上は何も言わない


後輩のくせにタメ口で

時々とんでもないミスをする

でも一生懸命で

彼と一緒に過ごすこの時間が

私の息抜きになっているから

それ以上は何も言わない


           『形のないもの』

9/23/2024, 2:01:13 PM

金曜の夜は流れる人達の動きが変わる

思いのほか遅れてしまった
入口の前で一度、静かに息を吸い込んで居酒屋の引戸を開ける

店員から奥の座敷に案内されると、すでに乾杯は済ませている様だった

ああ、どうも遅れてすみません

私の登場に
おお、と先に座敷に座っていた面々が沸く

あの、さては、、茶ソバさんですか?と
奥の席から声がかかる

あっ、はい、皆さんはじめまして、茶ソバです
あ、でもこれ、はじめまして、になるんですかね?

少し照れながら私が答えるともう一度座敷が沸いた

うわあ、本物だ、とか
イメージ通りです、とか各々笑顔で話し掛けてくる


私の名前は茶ソバ

もちろん本名ではない

SNSを始める際に適当につけた

それから10年あまり茶ソバを名乗っている

だけど、まさか現実で茶ソバと呼ばれる日が来るとは思ってもみなかった


では改めて、乾ー杯!と皆でグラスを合わせる
じゃあ、茶ソバさんも来られたことですし、もう一回自己紹介しましょうか、
では僕から、と奥に座っていた人が話始める

私はあ、と気づいた
この感じは恐らくキャンドル土田さんだ、と思ってたら

ペパーミント西川です、と挨拶をした

正直驚いた、この人がペパーミント西川さんなんだ、SNSの印象と全然違う、落ち着いた雰囲気の人だった

次は隣の女性が挨拶を始める

ど~も~、はじめまして、兜武士で~す

こちらも衝撃だった、完全に男性だと思っていた

それから順にカールスモーキー立浪さん、吉田ホェニックスさん、DEMON’s GATE PARKさん、営業一平さん、キャンドル土田さん、とSNSでは知った顔が自己紹介をする

多少のギャップはあれど、次第に調和し良い雰囲気で会は進む

勇気を出してはじめてのオフ会に参加して良かった、と思っていたが

一人足りない


会が盛り上がりをみせる中、カールスモーキー立浪さんにそれとなく尋ねる、そういえば会長は?

ああ、来るとは言ってたみたいですよ
会ってみたいすよね、会長

ハンドルネーム、ジャングルジム前田
通称、会長

なんで会長と呼ばれているのかは謎だがSNSの古参でレジェンド的な存在


実は私が今日、勇気を振り絞ってここに来たのも本物のジャングルジム前田を見てみたかったから

会長がオフ会に来るらしい、と聞いて
いても立ってもいられなくなった

どうしても顔を見てみたかった

なんとなく会えない様な気はしていたけど
会えないなら会わない方が良いこともある、と言い聞かせていた矢先


ガラガラガラ、と居酒屋の戸が開いた

ペパーミント西川の連れやけど、と店員に話す声が聞こえる


場の空気が変わる

こちらに向かって真っ直ぐ歩いてくる

会話が止まる

全員が顔を見合わせる

心臓が高鳴る

期待と

現実が

今、交錯した


          『ジャングルジム』

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