これじゃまるで、、
これじゃまるで、ガチョウが白鳥に憧れてたみたいじゃないか、勘弁してくれよ
漂う夢を見ているよう
360度からフラッシュが焚かれる
スタジアムからは止まない拍手
怒号の歓声が轟音で鳴り響き
あっ、という間に白鳥は天高く翔び上が
って
それから、もう僕の手元には戻らなかった
悪気?
改めて悪気があったのか?と聞かれると
なかった
と、答える
率直な気持ち
確かに悪いことをした自覚は
あったのかもしれない
ただそこは補える様な気がしていた
誰よりも同じ時間を一緒に過ごし
誰よりも一番近くて
魔が差した?
そんなチンケな言葉じゃ語れないよ
僕も同じ様に飛び立つ準備をしていただけなんだから
感情というのは自分勝手で
その場所、その時で変化する
記憶を思い返す作業も
誰かの都合良く解釈されてしまう
でも、二人で過ごした時間は確かにあった
友情とか愛情とか裏切りとか
勝手な言葉で語るのは
止めてくれよ
夢の終わりに
スタジアムから白鳥が
翔び立った空を眺めている
じっと眺めて
そこからもう、動けなくなった
止めてくれよ
これじゃまるで、ガチョウが白鳥に憧れてたみたいじゃないか、
カリフォルニアに雨が降る
『雨に佇む』
ああ、そういえば
と思い出した
昔、書いてたな、日記なんか
長年住んだボロアパートを結婚を機に引っ越すことになった
荷物の整理をしているとコロンと転がってきたのである
表紙の柄も忘れていた
七年前か、パラパラとめくる
うおおお、懐かしい、
学生時代の思い出が滲み出る
気づけば片づけもそこそこに読みふけってしまっていた
そうだった、七年前といえばちょうど玲奈と出会った頃だ
そろそろ登場するはず
確か8月だった
大型で強い台風は予定していた合コンを狂わせた
当初、5対5で行うはずが遠方のメンツがキャンセルになり
2対2という少人数のご近所メンバーで行うことになる
馴染みの居酒屋も早めに閉めるとか言い出して
閉め出された僕たちは一番近い僕の家で飲み直すことになった
結局、それがきっかけで
あの時、もし台風が逸れていたら僕たちも逸れていたかもしれない
出会いの日まで読み進めようとした時、玲奈が声をかける
一平くん、こら、全然手が動いてないぞ、
ん?何か読んでるの?
え?な、なんでもないよ
そういえばさ、僕たちが出会った日に来た台風の名前覚えてる?
問いかけながら自分も思い出す
あー、確か
全然台風っぽくない名前だったよね
そうそう
お日様みたいな
あー、思い出した
せーの、で言おうか
せーの
サンサン!
『私の日記帳』
僕は知っている
この日の為に先輩が一生懸命練習していたことを
1980年代初頭
漫才ブームで一世風靡した伝説のお笑いコンビ、オーマイガット師匠
オチの部分で必ずやるあの台詞
真似しやすいその動きと台詞は老若男女から愛され
誰もが一度は真似したことがある、と言っても過言ではないくらい浸透したネタ
それから40年余りの間に
様々なバージョンが開発され
何周も回って使い古されたネタでもあった
多分、先輩は敢えてそこを狙ったんだろう
僕らの課は二人だけで正直、あまり日の目を浴びる部署ではない
日々裏方に徹して他の部署と接する機会も少ない
会はピークに達していた
全社員が一斉に集う年に一度の恒例儀式、忘年会
毎年、最終この時間になると社長の気まぐれで指名された社員が舞台に上げられ
一発芸を披露させられるのである
陰キャには地獄の儀式
次は私かもしれない、
指名が起こる度、心臓がバクバク鳴る
社長が全員を見渡す
じゃあ、次は、、髙橋!
髙橋くん行ってみようか!
一瞬、私もドキッとした
えっ!!隣にいた先輩の声が漏れる
青白い顔で先輩が一瞥をくれる
私も視線を送る、先輩、、頑張って下さいと
震えているのがわかった
たーかはし!!たーかはし!!イエーイ!!
営業部がノリノリで盛り上げる
が、先輩が舞台に上がった瞬間、なぜか歓声が途切れてしまった
先輩があまりにも緊張しているのがこちらに伝わったからだろう
た、た、髙橋です
い、い、い、一発ギャグやります
あまりの緊張感に逆に全員が注目する
静まりかえる宴会場
先輩のか細い声が静かに響いた
お、お、お、オーマイガッ
最悪の結末であった
やり尽くされたネタで声量も動きも中途半端
拍手すら起きない
あまりにもスベると人はどうしたらいいのかわからなくなるんだろう
先輩はあろうことか舞台で泣き出してしまった
そこにいる全員がやるせない気持ちで余計に最悪の雰囲気になる
誰か救助に向かわなくては、
営業部の三平が助け船をだすぞ、と立ち上がろうとした、
その時であった
オ、オ、オ、オーマイガッ!!!
オ、オ、オ、オーマイガッ!!!
オーマイガッ!オーマイガッ!!オーマイガッ!!髙橋でーす!!
先輩が急にぶっ壊れたのである
髙橋!!オーマイガット体操はじめまーす!!!
イッチニッ!オーマイガッ!
サンッシッ!オーマイガッ!!
吹っ切れた人を見るのは清々しい
謎の動きに合わせて手拍子がなる
歓声と笑いが怒号の様に鳴り響く
仕舞いには何度も謎の動きを繰り返す先輩に合わせて全員で合唱が始まった
イッチニッ!!オーマイガッ!!
サンッシッ!!オーマイガッ!!
これが語り継がれる伝説の髙橋
今まで影であった私達の部署に光が差し込んだ、あの時の話
『やるせない気持ち』
折角、海へ来たのにやることがない
完全に目的を見失ってしまった
ていうか忘れてきたのである
海パンを
家に
今朝、歯磨きしていた時
ハッと気づいたのです
あれ?そういえば
俺、もう何年も海に行っていないじゃん、て
思い立ったが吉日で
タンスに眠る海パンを叩き起こして
天気予報をチェックすると
今年一番の暑さです、だって
望むところだ、と車に飛び乗り海を目指す
昔はオレンジレンジのロコローションだった俺も
今ではすっかり井上陽水に呼ばれているような気がする
海へ来なさい、つって
僕も大人になったなあ、とか思いながらも
夏ソングの懐メロどもを手下に車をぶっ飛ばす
こうして遙々、海へ来たわけなんです
よっしゃ、泳ぐぞとバッグを漁ると
ないんですね、海パンが
こんなことなら履いてくれば良かった
でも流石にこんだけ海の家やら並んでいたら
一件くらいは海パンおいてあるやろ、と
何食わぬ顔で海パン忘れてない人を装って全店舗回ったけど
置いてないんですね
そんなわけでジーパン姿でジリジリに焦げた砂浜に座りこんで
たゆたうサザナミを汗だくで眺めているわけなんです
日よけもレジャーシートもない
ビールも飲めないしビーチバレーにも参加できない
今年一番の暑さは37度まで上がるらしい
なるほど、命に関わる危険な暑さってこんな感じか
インド人もびっくりだな
望むところだ、バカ野郎
北に住んでるインド人は
海を見たことないやつもいるんだろうか
そんなことはどうでもいい
俺は一体何しに来たのだ
とにかく俺は
海へ来たのだ
靴を靴下ごと脱ぎ捨てる
灼熱の砂に足を突っ込む
汗でしおれたTシャツを脱ぎ捨て
ジーパンの裾を持ち上げ
助走をつけて
雄叫びをあげながら
砂音は加速して
突き抜ける空と
真っ青な海へ向かって
高く高く
今、飛び込む
『海へ』
うわあ、やっぱり気になるわ
これ絶対裏だと思うんだよね
送ってくれている亀にそれとなく聞いてみる
これさ、さっき帰る時に貰ったヤツ
この蓋さ、多分なんだけど
これ俺、裏返しだと思うんだよね
そっ、と亀に見せると
え?そうすか
いや、私も初めてみるんでわかんないです
てか、箱めっちゃ綺麗すね、ヤバいすね
え、お前も見たことないのかよ、と思いつつも
縁がこっち側に出てるし、なんかグラグラするし
間違えてんじゃないの上と下、と呟く
亀が応える
そういえば最後これ貰う時なんか話してたっすよね
あ~、なんか
絶対蓋は開けるな、だって
え?蓋開けちゃダメなのに貰ったんすか?
いや、ちゃんと断ったんよ
あんだけ飲み食いしといてお土産まで貰えません、つって
でも頑なにこれ持っていって、て言うからさ
で、開けるな、って言われたんでしょ?
そうなんよ、絶対開けるな、だって
意味わかんないよな
どうするんすかそれ
しゃあないからこのままどっか飾っとくよ
なんか思い出にはなるやろ
岸へ着くと亀は
本当に有難う御座いましたと頭を下げるので、
タイやヒラメにも宜しくな
てか、またあんなションベン臭いクソガキ共にイジメられんなよ、次は一緒に裏返しにするぞ、と笑って返すと
へへへ、と笑って海へ帰っていった
まあ中々貴重な体験だったな
と、思いつつもこの蓋がやっぱり気になる
二十日くらいか、
母ちゃんになんて言おうかな、ヤベーな、と言い訳を考えながら家路へ帰る、あれ?
突然襲う強烈な違和感
あれ?
ここどこだ?
見覚えはある
けど、全く違う
あれ?なんだこれ?
寒気を感じ息が上がる
家へ向かう足が自然と速くなる
蓋がズレてカチャカチャ音を立てる
足はさらに速く
鼓動が聞こえる
家はすぐそこ
駆けだした足音に合わせて裏を向いた蓋がガチャガチャ、ガチャガチャ踊っている
母ちゃん
ない
家が
大木が生えてる
あれ?
恩返しだったよな
ていうかやっぱり蓋が変だ
上下が逆さまになっている
開けちゃダメなのに
絶対に開けちゃ
絶対に開けちゃ
絶対に開けちゃダメって言われてたのに
『裏返し』