折角、海へ来たのにやることがない
完全に目的を見失ってしまった
ていうか忘れてきたのである
海パンを
家に
今朝、歯磨きしていた時
ハッと気づいたのです
あれ?そういえば
俺、もう何年も海に行っていないじゃん、て
思い立ったが吉日で
タンスに眠る海パンを叩き起こして
天気予報をチェックすると
今年一番の暑さです、だって
望むところだ、と車に飛び乗り海を目指す
昔はオレンジレンジのロコローションだった俺も
今ではすっかり井上陽水に呼ばれているような気がする
海へ来なさい、つって
僕も大人になったなあ、とか思いながらも
夏ソングの懐メロどもを手下に車をぶっ飛ばす
こうして遙々、海へ来たわけなんです
よっしゃ、泳ぐぞとバッグを漁ると
ないんですね、海パンが
こんなことなら履いてくれば良かった
でも流石にこんだけ海の家やら並んでいたら
一件くらいは海パンおいてあるやろ、と
何食わぬ顔で海パン忘れてない人を装って全店舗回ったけど
置いてないんですね
そんなわけでジーパン姿でジリジリに焦げた砂浜に座りこんで
たゆたうサザナミを汗だくで眺めているわけなんです
日よけもレジャーシートもない
ビールも飲めないしビーチバレーにも参加できない
今年一番の暑さは37度まで上がるらしい
なるほど、命に関わる危険な暑さってこんな感じか
インド人もびっくりだな
望むところだ、バカ野郎
北に住んでるインド人は
海を見たことないやつもいるんだろうか
そんなことはどうでもいい
俺は一体何しに来たのだ
とにかく俺は
海へ来たのだ
靴を靴下ごと脱ぎ捨てる
灼熱の砂に足を突っ込む
汗でしおれたTシャツを脱ぎ捨て
ジーパンの裾を持ち上げ
助走をつけて
雄叫びをあげながら
砂音は加速して
突き抜ける空と
真っ青な海へ向かって
高く高く
今、飛び込む
『海へ』
うわあ、やっぱり気になるわ
これ絶対裏だと思うんだよね
送ってくれている亀にそれとなく聞いてみる
これさ、さっき帰る時に貰ったヤツ
この蓋さ、多分なんだけど
これ俺、裏返しだと思うんだよね
そっ、と亀に見せると
え?そうすか
いや、私も初めてみるんでわかんないです
てか、箱めっちゃ綺麗すね、ヤバいすね
え、お前も見たことないのかよ、と思いつつも
縁がこっち側に出てるし、なんかグラグラするし
間違えてんじゃないの上と下、と呟く
亀が応える
そういえば最後これ貰う時なんか話してたっすよね
あ~、なんか
絶対蓋は開けるな、だって
え?蓋開けちゃダメなのに貰ったんすか?
いや、ちゃんと断ったんよ
あんだけ飲み食いしといてお土産まで貰えません、つって
でも頑なにこれ持っていって、て言うからさ
で、開けるな、って言われたんでしょ?
そうなんよ、絶対開けるな、だって
意味わかんないよな
どうするんすかそれ
しゃあないからこのままどっか飾っとくよ
なんか思い出にはなるやろ
岸へ着くと亀は
本当に有難う御座いましたと頭を下げるので、
タイやヒラメにも宜しくな
てか、またあんなションベン臭いクソガキ共にイジメられんなよ、次は一緒に裏返しにするぞ、と笑って返すと
へへへ、と笑って海へ帰っていった
まあ中々貴重な体験だったな
と、思いつつもこの蓋がやっぱり気になる
二十日くらいか、
母ちゃんになんて言おうかな、ヤベーな、と言い訳を考えながら家路へ帰る、あれ?
突然襲う強烈な違和感
あれ?
ここどこだ?
見覚えはある
けど、全く違う
あれ?なんだこれ?
寒気を感じ息が上がる
家へ向かう足が自然と速くなる
蓋がズレてカチャカチャ音を立てる
足はさらに速く
鼓動が聞こえる
家はすぐそこ
駆けだした足音に合わせて裏を向いた蓋がガチャガチャ、ガチャガチャ踊っている
母ちゃん
ない
家が
大木が生えてる
あれ?
恩返しだったよな
ていうかやっぱり蓋が変だ
上下が逆さまになっている
開けちゃダメなのに
絶対に開けちゃ
絶対に開けちゃ
絶対に開けちゃダメって言われてたのに
『裏返し』
やだやだ、遅刻遅刻~、と
食パンを囓りながら学校までダッシュしていたら
タバコ屋の角でドシ~ンとぶつかった
イテテテ、と思って見上げると
どこ見てんだよ、と怒鳴られる
なによアイツ偉そうに、と思いながら朝のチャイムにギリギリ間に合ったら
転校生が来るらしい
ガラガラと空いたドアから
先生と転校生が入ってきた
先生が紹介すると
朝のアイツじゃないか、、
あー、あの時のー!!
と二人で声を揃えると
なんだ知り合いか、では隣の席に、で最悪の二学期が始まった
それから教科書忘れただの、消しゴム忘れただの、ことある毎に話しかけてくる
馬鹿なんだから忘れるのよ
私は無視したわ
ある日、暮れたグラウンドでアイツを見かけた
やっぱり馬鹿なんじゃないの、こんな時間まで、筋トレなんかして
夢を見るのもいい加減にしなさいよ、どうせ下手くそなんだから、と思いつつも
なんだか無性にイライラするの、金網越しに
やっぱり負けたらしい、
どうせアンタがヘマこいたんでしょ、と笑うと
一瞬こっちに目を見開いて、それから黙って俯くのよ
ざまあないわね、気にしないでしょ
どうせ忘れるんだから
それからまた突然転校するとか聞いた時には清々したわ
アンタの顔を見なくて済むんだから
でも、どうしてだろう
裸足で駆け出したい気持ちを抑えて
スニーカーの靴紐を結ぶ
間に合わないかもしれない
でも間に合うかもしれない
19:35発の飛行機は
もしかしたら遅れるかもしれない
私は走る
都市を結ぶ光線は
眩い光で
私は眩しくて
目が潰れてしまう
涙が溢れる
涙が零れる
ごめんなさい
私は走る
まだ間に合うかもしれない
さよならを言う前に
伝えたい言葉がある
まだ間に合うかもしれない
忘れてしまう前に
『さよならを言う前に』
なんで降らないんだ
あらゆる手を尽くしたのに
作物は枯れ、河は干上がり、村人は次々と倒れていった
残り少ない家畜から生贄を捧げ
伝説の祈祷師を呼び寄せた
七日七晩、神々への祈りで踊り続けたが
日に日に陽は増し
八日目の朝、祈祷師は踊りながら息絶えた
その晩
いよいよか、
長老が言葉を続ける
こんなことはしたくなかったが、と皆に告げた
村人達は全員で祈る
しかし夜が明けても、やはり雨は降らなかった
最後の生贄、悪魔の所業
先月生まれたばかりの赤子を
わかって下さい、と無理やり母親から引き剥がし、祭壇に掲げる
母親は泣き叫ぶ
が、涙は枯れてしまっていた
伝承によれば
最後の生贄を捧げると雨に恵まれ緑豊かな土地へと生まれ変わるという
許して下さい、村を守るためなんです、
震える手で赤子に手を伸ばす
小さな首、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
その時だった
話は聞いたわ!!
村人達をいじめるのはおよしなさい!
崖の上から誰かが叫ぶ
マーキュリープラネットパワー!メイク、アップ!!
まばゆい光と共に青と白の二色の布を纏った少女が現れた
水と知性の戦士、参上!
水星にかわって、おしおきよ!
すると空から巨大な怪獣も現れた
ゲヘヘヘヘヘ!邪魔するヤツはだれだあ~!
ついでにお前もカピカピにしてやるぜえ!
なんだ、なんだ、と村人達が騒ぎ始める
やっぱりあなたの仕業だったのね!
これでもくらいなさい!
シャイン・アクア・イリュージョン!!!
ドカーン、ギャー!
あっという間に怪獣をやっつけてしまった
ウフフ可愛い赤ちゃん
これでもう安心よ
あ、ありがとうござまいます
母親から涙がこぼれ落ちる
ポツポツ
やだ、雨降ってきちゃった
あ、、雨だ、雨だ、信じられない、と歓喜する村人達を横目に
やだもう、風邪引いちゃう、と少女は去っていった
それから3000年後
ある遺跡から美少女戦士にそっくりな巨大な石像が発掘されたという
アニメ好きからは映えると評判らしい
『空模様』
これやるよ
お前みたいだろ、お前泣き虫だから
なにこれ気持ち悪い、こんなのどこで見つけてきたのよ
わたしは泣き虫かもしれないけど
鳴き虫じゃないのよ、もう
と、いって二人で笑った
君が初めてくれたプレゼント
セミの携帯ストラップ
それからたった1週間
たったの1週間で君はぽっくり逝ってしまった
どっちかって言うと君がセミじゃない
わたしは夏が来る度、鳴きながら過ごす
スマホに無理やり繋げたセミのストラップを眺めながら
『いつまでも捨てられないもの』