共感を生むクリエイト、というものは一瞬で決まると信じている
所謂、ひらめき
主旋が降りてきた瞬間が最高の鮮度で
その鮮度を保ちなから一つの楽曲として成り立たせる為に技術が必要なんだ、と
時代の寵児と持てはやされ
曲を書けばミリオン連発
日本のレコードシーンは
私が持つこのペン先のインクに左右されている
その根源は
このひらめきである、と今でも信じている
ピアノに座り歯を磨くのが日課になった
朝、目覚めた瞬間に降りてきても困らない様に
いつものように歯磨き粉を歯磨きに乗せようとした、その瞬間
頭が真っ白になる
かつて無いほどのひらめき
息ができない
汗が滲む
とにかく鮮度を保たなくては
鍵盤の上に歯磨き粉をまき散らしながらピアノにかじりつく
ミントで手がスースーするが気にならない
至福の瞬間
キャリアハイ
トリプルミリオンだよ、これは
骨を繋げ
肉を付け
顔を整え
名前を授ける
出来上がった個体を完成させるため、マネージャーへ電話を入れるとパジャマのままスタジオへ向かった
到着した時にはすでに最高の演者とエンジニアがスタンバっていた
ピアノから湧き出た源泉を適温にするため
リズムに指示しギターを削りストリングスを束ねる
歌詞とは心である
最高の楽曲と同時に最高の歌詞が降りていた
キャリアハイ
トリプルミリオンになる、
はずだった
理由がわからない
レコーディングの最終盤
どうしてもなにかが合わない
最初に降りてきたサビ
このサビを元に全てが作られた
ここを変えるわけにはいかない
キーを変えピッチを変え楽器を何度も変えた
だけどやればやるほど、
モナリザに油絵の具を塗り重ねる感覚、最高のひらめきが失われていく
サビもメロディも共感を生む歌詞も全て完璧だったはずなのに
愛しさと
切なさと
誇らしさと
どこがおかしいのか、全然わからない
『誇らしさ』
こうやって二人きりで話すのは何気に初めてかもしれない
ていうか思い返しても、職場で真面に話したことがあったかな
夜の海は距離感がよくわからなくなる
お互いの顔はよく見えないし、波の音が副交感系のなんらかに直接作用してるんだと思う
砂にはまだ少し熱が隠っていた
坂本さんが辞めるらしい、
バイト先で聞いた時、特段何の感情も湧かなかった
あー、そうなんすね
長かったでしょ、あの人
送別会とかやるんすか
それが何も決めてないんよ、やっぱ何もないのはちょっとあれだよな
と、いうわけで送別会と称して
仲の良いメンバーと坂本さんでバーベキューをやることになった
なんとなくだけど、同じ大学生の僕たちとフリーターである坂本さんには元々見えない境界線があった様に思う
別に穿った見方をしているとか、そんなつもりは全く無いんだけど、壁というか
お互いにこれ以上は干渉しない方が心地よい、みたいな暗黙の何かがそこにはあった
送別会をやりたいと、店長に伝えると
あ~、俺、その日いけないんだよ
これで見送ってあげて、とポンと万札を差し出した
店長はこういうタイプのヤツだ
案の定、僕らはバーベキュー代をせしめたのである
会は盛り上がった
最初は坂本さんに若干の気を使い、話を振ったりしたが、会が進むにつれ酒も入り
男女でキャッキャと、みんな散り散りに楽しみだす
坂本さんも思うことはあったのかもしれないけど、お互い干渉しないという暗黙のアレが働いたんだろう、
ふと気づくと
海を見つめ座っている姿が見えた
雲の隙間から月が砂を照らして
墨は燃え尽き
波の音は夏の残像となった
こうやって二人きりで話すのは何気に初めてかもしれない
あー、坂本さんお疲れっす、おつっす、おつっす!
いやあ、長い間お疲れ様でした
話かけたのは良いが、会話に困り
あー、そういえば、、
坂本さん、ここのコンビニ辞めて次なにするんでしたっけ?
と、尋ねる
そういえば、誰も聞いてなかった
え?俺?
いや実はさ、子供の頃からの夢というか
俺、前からやりたいことあってさ
夜の海は距離感がよくわからなくなる
まともに話したこともなかったけど、まるで旧知の友人の様に問いかける
子供の頃からの夢?
え?次なにするんですか?
雲の隙間から月が溢れた
夜の海にスポットライトを照らして
表情が見える
顔つきが変わったのがわかった
意志が込められた、真剣な眼差しで
俺、、自分の店開くんよ
探偵になるの昔から夢だっんだ
波の音が静かに響く
ズボンの砂を払い
コンビニのこと、後は任せたよ
と薄くなった髪を海風にたなびかせながら坂本さんは去った
砂にはまだ少し熱が隠っていた
『夜の海』
自転車に乗って旅に出る
会いたい人がいるから
海を渡り山を越えて
真っ青な日差しへ向かってペダルを漕ぐ
やがて夜を迎えて
汗でベタベタ、Tシャツはどろどろ
サドルは燃え尽きてチェーンがハズレた
流れる星を眺めながら僕は眠る
結局、会えなくたって構わない
会いたいと思える人に出会えたのだから
『自転車に乗って』
だから言ったのに
君の奏でる音楽は危険すぎる
狭いライブハウスで初めて君を聴いた時
頭が弾け飛んでしまった
君のことをよく知りもしない輩が
君の音楽を語りだし
僕にしかわからないはずなのに
好き勝手にレビューしやがって
君の奏でる音楽は危険すぎる
聴く者全てを奴隷にでもするつもりなのか
鎖で繋がったみたいに
ラジオもネットも
みんな君の話ばかり
的外れな言葉に傷ついて
誰にも理解されずに苦しいだろ
僕が解放してあげる
今夜、君の奏でる音楽は僕だけのもの
今夜、君の奏でる音楽は僕だけのものになる
君の奏でる音楽は危険すぎる
『君の奏でる音楽』
夏が来る度、思い出す
小学二年生だった僕にはどうしても欲しいものがあった
夏休みの必須アイテム、三種の神器
友達みんなが持っているから、
欲しいというより悔しいという気持ちに近かったのかもしれない
幼心に気づいていた
僕の家はどう考えても周りの家より貧しくて
だから中々言い出せずにいた
でも僕はツイていた
近所の沢に一人で遊びに入ったら、柄の折れた虫取り網と、その横にペシャンコに潰れた虫カゴを見つけたんだから
折れた柄は手頃な木と蔓を結んで、潰れた虫カゴは大体の形に戻して破れた隙間を細い竹で塞いで
これで三種の内、二種は手に入れた
最後の神器はどうしよう
正直に母に欲しいと言ったとて、
麦わら帽子なんか買えないよ
と怒鳴られるのが関の山だ
でも、ここまで来たら揃えたい
この三種が揃えば友達と並ぶ
何の気兼ねなく同じ立場で遊べるのだから
その時
僕は閃いてしまった
麦わら帽子ごときでドヤっていた友達が霞んでしまうほどの圧倒的閃き
渾身のアイディア
僕は虫取り網と虫カゴを手に沢へ入る
夢中で潜り
ひたすら集め
息は切れ切れ
日が落ち、暮れる間際まで
暗くなった家へ帰り
一つずつ丁寧に紡ぐ
夜更けに母が
早く寝なさい、とまくし立てるが
気にもとめない
僕は誰にも負けない帽子を作るのだから
手が痒い
目が霞む
体が軋む
夜が明ける頃
僕の帽子は完成した
三種の神器を携えた僕は
朝日の中を悠然と歩く
おい!まだ寝てるのか!と友達を起こす
そうだ、今日からは堂々と言える
一緒に遊びにいくぞ!と
夏が来る度、思い出す
小学二年生だった僕は沢でカニを採るのが得意だった
誰にも負けない三種の神器
虫取り網と虫カゴと大量のカニを紡いだ帽子
カニワラ帽子
ドヤ顔で友達に披露する
その日から僕のあだ名は
カニキャップになった
『カニワラ帽子』