こうやって二人きりで話すのは何気に初めてかもしれない
ていうか思い返しても、職場で真面に話したことがあったかな
夜の海は距離感がよくわからなくなる
お互いの顔はよく見えないし、波の音が副交感系のなんらかに直接作用してるんだと思う
砂にはまだ少し熱が隠っていた
坂本さんが辞めるらしい、
バイト先で聞いた時、特段何の感情も湧かなかった
あー、そうなんすね
長かったでしょ、あの人
送別会とかやるんすか
それが何も決めてないんよ、やっぱ何もないのはちょっとあれだよな
と、いうわけで送別会と称して
仲の良いメンバーと坂本さんでバーベキューをやることになった
なんとなくだけど、同じ大学生の僕たちとフリーターである坂本さんには元々見えない境界線があった様に思う
別に穿った見方をしているとか、そんなつもりは全く無いんだけど、壁というか
お互いにこれ以上は干渉しない方が心地よい、みたいな暗黙の何かがそこにはあった
送別会をやりたいと、店長に伝えると
あ~、俺、その日いけないんだよ
これで見送ってあげて、とポンと万札を差し出した
店長はこういうタイプのヤツだ
案の定、僕らはバーベキュー代をせしめたのである
会は盛り上がった
最初は坂本さんに若干の気を使い、話を振ったりしたが、会が進むにつれ酒も入り
男女でキャッキャと、みんな散り散りに楽しみだす
坂本さんも思うことはあったのかもしれないけど、お互い干渉しないという暗黙のアレが働いたんだろう、
ふと気づくと
海を見つめ座っている姿が見えた
雲の隙間から月が砂を照らして
墨は燃え尽き
波の音は夏の残像となった
こうやって二人きりで話すのは何気に初めてかもしれない
あー、坂本さんお疲れっす、おつっす、おつっす!
いやあ、長い間お疲れ様でした
話かけたのは良いが、会話に困り
あー、そういえば、、
坂本さん、ここのコンビニ辞めて次なにするんでしたっけ?
と、尋ねる
そういえば、誰も聞いてなかった
え?俺?
いや実はさ、子供の頃からの夢というか
俺、前からやりたいことあってさ
夜の海は距離感がよくわからなくなる
まともに話したこともなかったけど、まるで旧知の友人の様に問いかける
子供の頃からの夢?
え?次なにするんですか?
雲の隙間から月が溢れた
夜の海にスポットライトを照らして
表情が見える
顔つきが変わったのがわかった
意志が込められた、真剣な眼差しで
俺、、自分の店開くんよ
探偵になるの昔から夢だっんだ
波の音が静かに響く
ズボンの砂を払い
コンビニのこと、後は任せたよ
と薄くなった髪を海風にたなびかせながら坂本さんは去った
砂にはまだ少し熱が隠っていた
『夜の海』
8/15/2024, 4:50:08 PM