待っててね、と言われたのでもうしばらくここで待っているのだが、あいつはちっとも帰ってこず、何やらだんだんと騙されたような気になってきて、しかしながら、もうあんなやつのことは知らん、と言い切るにはまだ早いなと思い、そのまま結局ずいぶんと長いこと経ってから、もう帰ってこないだろうなあという諦めと、捨てられない愛着と、少しばかりの呪いとの狭間で、手紙を一通書くのである。いつ帰ってきても、わたしはまだ待っています。
#待ってて
あなたを抱き寄せたぬくもりを覚えている。
春風の匂いと、晴れた空の明るさ。
少し濡れた足元の土の頼りなさ。
遠くに聞こえた、タイトルも知らない歌の音色。
胸の奥を叩く心臓の熱さと、吐息の震え。
この場所で、あの日、二人で感じたなにもかも。
わたしはまだここにいて、覚えている。
あなたが、いつでも戻ってこられるように。
#この場所で
誰もがみんな、あなたを愛してくれたらいいのにな。
わたしのちっぽけな愛なんて必要なくなるくらいに。
わたしの手を離れて、遠く遠くまで行けるように。
優しさと慈しみに揺られて、穏やかに眠れるように。
ただ、忘れないでくれたらいい。
そのひとつめの愛が、わたしのものだったことを。
#誰もがみんな
あなたが慈しんだのは、白。
ぱっと華やかな赤よりも、つややかに深い青よりも。
あなたの心の深くに根ざして、やがて咲いた色。
いつかなにもかも思い出になっても、忘れはしない。
かすみ草の花束を抱えた、あの日のあなたのことを。
#花束
ほとんど、目だけで笑うひとだった。
くちびるの端は、かすかにひきつるようだった。
笑うのが下手で困るのだと言っていた。
でも、あのひとの瞳はあんなに柔らかく光っていた。
明け方に融けてゆく雪のように静かで、優しかった。
あのひとの、そんな笑いかたが好きだった。
その目を覗き込む相手にだけわかるものがあった。
わたしはそれを知っていた。
そして、きっと忘れない。ずっと。
#スマイル