世界から色が失われた後、音はかつてなく鮮やかになった。
C♯の音につややかな青を、Eの音に華やかな赤を。
kの子音に涼やかな白を、uの母音に深い緑を。
そうして、そんな幻を「見せる」ために、人は歌を、演奏を、音楽を磨き上げた。
いまやその目で色を知らない子供たちは、その感覚だけを頼りに色を語る。
世界は変わらず美しかった。美しさの質は変われど。
いつか、今度は音がなくなったとき、次は何が、もっと美しくなるだろう。損なわれていく世界で、美しさはいつまで在り続けるだろう。
#無色の世界
花筏が流れていく。
三枚、四枚、寄り集まった薄紅色。
あんな小さく儚い舟に、わたしは乗れない。
だからただ、そうっと祈る。
わたしのこの気持ちを連れていって。
散った想いと、未練の種を乗せていって。
それとも、涙のひと粒くらいなら、一緒に旅立てる?
#桜散る
そんなものはどこにもない。
いつだって、わたしのいる、ここ。ここだけ。
確かなものは、自分の手の届くところにしかない。
そうでない場所があるとしたら、それは。
それは、もはやわたしのもとを去った、きっともう会うこともない、あのひとのいるところ。
二度と手が届かないからこそ、その幻は確かになる。
誰も、何も、それを嘘だと証明できない。
だから、ここではない、どこかで。
あなたのもとで。
わたしの抱いた愛の幻は、生き残る。きっと。
#ここではない、どこかで
それで、ボトルレターにしちゃったの?
教えてほしいって言われたのに?
まあ、恥ずかしかったのはわかるけどね、そりゃあ、そうでしょうけれどもね。
でも、それにしたって、どうしてよりによって、海に投げちゃったのかなあ!
これ、太平洋だよ? 多分もう見つからないよ?
ほんとにもう、仕方のない子!
あのねえ、ご存知ないようだから教えて差し上げますけれどね。
気持ちを聞かれて、そんな顔で「あなたには恥ずかしくて教えられません」なんて言うのは、それがもう答えなの。ごまかせてないの。むしろ言葉にするより恥ずかしい解答のしかた、な、の!
だから、言えない想いを海に流す、みたいなロマンスをやりたがるより先に、さっさと行って、ごめんって謝ってきなさい!
届かないって泣くのは、あんたじゃなくてあの子なんだからね!
#届かぬ想い
お祈りをする、というのは、たぶん普通のことだ。
けれどもわたくしは、神様にお仕えをする。
もう既に、叶えていただいたことがあるからだ。
あの一瞬。すべてが光り輝いていた。
わたくしの人性の、きっと一番喜ばしい瞬間だった。
だから、毎朝一輪の白い花を、神様へ。
あの日あの時、あの瞬間があってよかった。
お仕えするに値する神様がいて、よかった。
#神様へ