そんなものはどこにもない。
いつだって、わたしのいる、ここ。ここだけ。
確かなものは、自分の手の届くところにしかない。
そうでない場所があるとしたら、それは。
それは、もはやわたしのもとを去った、きっともう会うこともない、あのひとのいるところ。
二度と手が届かないからこそ、その幻は確かになる。
誰も、何も、それを嘘だと証明できない。
だから、ここではない、どこかで。
あなたのもとで。
わたしの抱いた愛の幻は、生き残る。きっと。
#ここではない、どこかで
それで、ボトルレターにしちゃったの?
教えてほしいって言われたのに?
まあ、恥ずかしかったのはわかるけどね、そりゃあ、そうでしょうけれどもね。
でも、それにしたって、どうしてよりによって、海に投げちゃったのかなあ!
これ、太平洋だよ? 多分もう見つからないよ?
ほんとにもう、仕方のない子!
あのねえ、ご存知ないようだから教えて差し上げますけれどね。
気持ちを聞かれて、そんな顔で「あなたには恥ずかしくて教えられません」なんて言うのは、それがもう答えなの。ごまかせてないの。むしろ言葉にするより恥ずかしい解答のしかた、な、の!
だから、言えない想いを海に流す、みたいなロマンスをやりたがるより先に、さっさと行って、ごめんって謝ってきなさい!
届かないって泣くのは、あんたじゃなくてあの子なんだからね!
#届かぬ想い
お祈りをする、というのは、たぶん普通のことだ。
けれどもわたくしは、神様にお仕えをする。
もう既に、叶えていただいたことがあるからだ。
あの一瞬。すべてが光り輝いていた。
わたくしの人性の、きっと一番喜ばしい瞬間だった。
だから、毎朝一輪の白い花を、神様へ。
あの日あの時、あの瞬間があってよかった。
お仕えするに値する神様がいて、よかった。
#神様へ
冬のよく晴れた青が好きだった。
夏ではだめだ。春も、秋も、違う。
肌を切り裂くように冷たい風の中、けっして届かない、高い薄い青がよかった。
遠いというのがどういうことか、わたしはあの青に知ったのだ。
君が最後に、わたしに笑ったあの快晴に。
#快晴
星が落ちた、と君が言う。
遠い遠い場所で、白い星が落ちたのだと。
それは、わたしには見えない。
白という色のこと、夜空という暗さのこと、星という光のこと。
わたしの知らないものたちを、君が言葉にする。
白。昼間の白はあたたかく、星の白は、少し冷たい。
夜空。風のようにすうっとして、どこか寂しい。
星。乾いた砂の粒に似て小さく、針先のように鋭い。
君は、いつかわたしを連れて行ってくれると言う。
わたしのこの眼では感じられないものを、手に取れる場所へ。
いつか。いつかの未来に。
#遠くの空へ