引っ越したばかりの新しい部屋。
私以外誰もいないはずなのに。
誰か……いる!気配は天井から!
手裏剣二つ同時に天井へ向けて投げる。
だが、気配は消えていた。
気のせいだったのだろうか……いや、今度は押し入れから気配が!
鞘から刀を抜き、襖を斬った。
襖は真っ二つになり、押し入れの中には……誰もいない。
やっぱり気のせいなのだろうか?
引っ越したばかりで、神経質になっているのかもしれない。
「まだまだ甘いな真美」
「誰!?」
振り返って、刀を構える。
背後に居たのは……お父さんだった。
「お父さん!?どうしてここに?」
「真美の一人暮らしが心配でな。こっそり見に来たんだよ」
「……覗いてたのね、私を」
「色んな部分が成長したな……真美。ぬお!?刀を振り上げるな!冗談だよ!冗談!」
私は忍者の里で産まれ、忍者の里で育った。
でも、忍者ではなく普通の女性になりたくて、忍者の里を抜き出し、都会へ出てきたのだ。
「気配を上手く読み取れないようでは忍者として──」
「お父さん、私、忍者じゃなくて普通の女性としてこれから生きていくから」
「普通の女性は手裏剣や刀は持ってないぞ?」
「……護身用よ」
お父さんは心配で見に来たって言ってるけど、多分、忍者の里へ連れ戻すために来たのだろう。
「私、帰らないからね」
「決意は固いようだな。分かった。今日のところは大人しく帰ろう。またこっそり来るから気配を感じ取ることを忘れずにな」
「もう来なくていいよ」
「ま、帰りたかったらいつでも連絡してくれたらいい。またな、真美」
「あっ、待って父さん」
「どうした?帰りたくなったのか?」
「違う。帰る前にちゃんと弁償して」
「弁償?」
お父さんのせいで穴が空いてしまった天井、襖が真っ二つになった押し入れ。
これらをきっちり、お父さんに弁償してもらった。
電柱の街灯が道を照らしている、薄暗くて静かな住宅街。
仕事で帰りが遅くなり、一人で歩いてるけど……私の足音しかしなくて、少し怖い。
コッ……コッ……。
……いや、よく聞くと、私以外にも足音が聞こえる。
コッ……コッ……。
後ろからだろうか?
まだ、少し離れた距離から聞こえるから……逃げたほうがいい……かな?
歩く速度を上げ、住宅街を進む。
コッコッコッ……。
私の後ろの足音も、速度を上げている。
さっきより、距離が近くなっているような気が……。
立ち止まり、勇気を出して後ろを振り向く。
振り向いた先には、犬……の格好をしたおじさんが立っていた。
「ワンッ!ワンッ!ただの犬ですワンッ!」
「……キ……キャアアア!!!変態犬オヤジ!!!」
私の叫び声を聞いた住宅街の人が、警察に通報してくれたおかげで、変態犬オヤジは捕まった。
風が吹くたび、肌に当たる冷たい空気。
つい最近まで暑かったのに、いきなり涼しくなった。
もう半袖じゃ寒いか……いや、週末はまた気温が上がるって言ってたし……。
秋なのか、まだ夏なのか、はっきりしてほしい。
でも、赤トンボが飛んでいたり、鈴虫が鳴いてたりしているから、秋はもうそこまで来ているはず。
今日は秋のお試しと思って、過ごすことにしよう。
腕を擦りながら、散歩を再開した。
魔王を倒し、静まり返った魔王の間。
これで、自由に……。
「魔王をついに倒しましたね!」
「ああ!苦戦したが最後はあっけなかったな!」
「きっと勇者さんの力に圧倒されたのでしょう」
仲間達はボロボロになった姿で、喜びの声をあげる。
「しかし、これで旅は終わりか……なんだか寂しくなるな」
「何言ってるんですか。世界に平和が戻ったんですよ?それに、またいつでも会えますよ」
「ああ、そうだな」
「王様の所へ戻りましょうか。勇者さん」
突然呼ばれて、思わずビクッとしてしまう。
「……あ、ああ」
「勇者さんお疲れですね。王様に報告したら、ゆっくり休みましょう」
仲間達は、魔王の間を後にする。
旅は終わりか……ふふ……。
勇者にトドメを刺される瞬間、我と勇者の身体を入れ換えてやった。
我を追い詰めた勇者の仲間達を殺し、世界を滅ぼすまで、旅は続くのだ。
勇者の身体で復讐するのが楽しみだな……ふふふ……。
まずは王を始末することにしよう。
我は興奮を抑えながら、勇者の仲間達の後を追った。
色が無くて、見てもつまらないモノクロの世界。
でも、今は色鮮やかな世界が見える。
これも全て、マスターのおかげだ。
マスターは壊れかけていた私を拾って、直してくれた。
色がつくだけで、こんなにも世界が変わる。
綺麗で、美しくて、ずっと眺めていたい。
「自分の顔を見てごらん」
マスターから、手鏡を渡された。
言われたり通り自分の顔を見ると、私にも色がついていて、笑っている。
「これからも一緒に色んな色を見ていこう」
マスターの優しい声を聞いて、私の頬に、ほんのり赤い色がついた。