家から出た瞬間、襲いかかってくる熱気。
まだ六月なのに、もうすっかり夏。
夏の気配を感じるどころか、一気にきたって感じだ。
梅雨は気がつけば終わってたし。
太陽の光を浴びるだけで、フラフラしてきた。
出掛けようと思ったけど、やっぱりやめよう。
家の中へ戻り、エアコンのスイッチを入れた。
情報が沢山流れているネットの海。
この世には、色んなものがありすぎる。
今日も俺はノートパソコンと向き合い、ネットの海へ飛び込む。
いざ、まだ見ぬ世界へ!
数日後、ネットの海で得た物が次々と届く。
「ちょっと!まーたそんなに色々買って!」
妻は届いた物を見て、怒り顔の絵文字みたいに怒っている。
「これは新しい世界を開拓するために必要な物なのさ」
「前も、その前も同じこと言って買ってたじゃない。買うだけ買って置きっぱにして……このままじゃ部屋が物だらけになっちゃうわよ!」
まるで俺は母親に怒られている子供のようだ。
部屋には、今まで買った物があちこちに置かれている。
……あれはなんで買ったんだっけ?
何の情報を見て買ったのか、思い出せない。
多分、買うだけ買って俺は満足していたのだろう。
「もうこれ以上増やさないでよ!」
そう言って妻は部屋から出ていった。
確かに、これ以上物を増やすのはまずいな。
とりあえず、片付けていくか。
ノートパソコンと向き合い、効率の良い片付けて方法を検索する。
「ん?これは……へぇ……こんな物があるのか。おっ、これは前に気になってたやつだ」
気がつけば、俺はまたネットの海に飛び込んでいた。
じめじめと蒸し暑い自宅のトイレ。
窓を開けてても、蒸し蒸しする。
早く用を足して仕事に行かないといけないのに、奴が俺の邪魔をしてきた。
奴とは……蚊のことだ。
俺が踏ん張っている最中に、耳の辺りを飛び回る蚊。
何度も何度もしつこく飛び回りやがるから、ペチンッ!と素早く耳を叩く。
自分の耳を叩いたからキーンとしたが、「ぷぅ~~ん……」という蚊の最後の声は確かに聞いた。
……俺の屁じゃないぞ?
邪魔者はいなくなったから、これで心置きなく踏ん張れる。
「ん“ん“ん“!」
ぷぅ~~ん。
これも俺の屁じゃないぞ?
蚊め……まだ生きていやがったか。
手のひらを確認すると、蚊の遺体はなかった。
今度こそ粉々にして息の根を止めてやる!
ペチンッ!ペチンッ!ペチンッ!
蚊を目で追いながら何度も叩くが、回避される。
くそっ!今度こそ!
コンッ!コンッ!コンッ!
ドアのノック音がトイレ内に響く。
「おーい、まだか?」
親父がドア越しから話しかけてきた。
スマホの時計を見ると、いつも家を出ている時間より五分過ぎている。
蚊を仕留めるのは諦めて、急いで出さなくては。
「もう少しだから待ってくれ!ん“ん“ん“!」
俺は飛び回る蚊を睨み付けながら、踏ん張った。
スマホのメッセージ画面に映るハートマークの絵文字。
妻とのメッセージのやり取りで、たまに送られてくる。
俺達夫婦は付き合っていた頃も、結婚してからも、お互いそれほど愛を伝えあっていない。
なんとなく気が合い、そのまま付き合って結婚したって感じだ。
たまに送られてくるハートマークの絵文字を見ると、俺達夫婦なんだなと改めて実感する。
妻への返信メッセージを打ち込み、最後にハートマークの絵文字を付けて送信した。
俺達の愛は他の夫婦に比べて大きくはないけど、絵文字のような小さい愛が日々積み重なって、老後にはきっとバカでかくなっているだろう。
妻が既読したのを確認したあと、俺は「愛してるよ」とメッセージを追加送信した。
快晴過ぎる真っ青の空。
「空はこんなにも青くて美しいのに、どうして俺の服はこんなに汚れているんだ」
「私のスカートの中を下から覗こうとしたから当然でしょ」
地面に倒れている俺の身体を、女性が靴で踏んでいる。
もしやこれはご褒美なのでは?
「なにニヤニヤしてるのよ、気持ち悪い……」
まるで汚物を見るような目で俺を見ていて、更にご褒美をもらう。
「まさか転けたフリして覗こうとするなんてね」
「転けたフリじゃない。偶然足に引っ掛かりそうな小石があって、その先にスカートを履いた可愛い子がいたから転けたんだ」
「結局覗くために転けたんじゃない!」
女性の踏む力が強くなる。
うーん……流石に痛いぞ。
「警察に突き出してやろうかしら」
「それだけは勘弁してくれ。こうして土下座してるし」
「それはただ倒れてるだけでしょ!」
女性の踏む力が更に強くなり、俺の身体が悲鳴をあげる。
「いててて!わ、分かった!俺が全部悪い!だから許してくれ!」
俺の必死の謝罪で、女性は今回だけ見逃してあげると言って許してくれた。
……次はもっと自然に転ぶようにしよう。