段ボールだらけの会社の倉庫。
棚の上にある段ボールを取ってほしいと、部下の女性達に頼まれ、俺は段ボールに向かって両手を伸ばしていた。
届かないのに、俺は何をしているんだろう?
いや、ここで段ボールを取ってあげて、俺の評価を上げたい。
なぜなら、部下達が俺の影口を言っていたのを何度か聞いたからだ。
「課長いつも偉そうだよね」
「態度だけじゃなく横幅も大きいくせにね」
「私と話す時なんか鼻息荒いよ?」
「え~きも~い。距離とって話そ~っと」
思い出すだけでも、心が痛くなる。
だから俺は、なんとしても段ボールを取って部下達にいい所を見せる!
「課長!頑張って!」
「もう少しです!課長!」
「ファイト~かちょ~」
部下達の声援が力になり、段ボールを両手で掴んだ。
「よし!取れた……うっ!」
段ボールが取れたと同時に、腰に痛みが走る。
部下達にバレぬよう、何食わぬ顔で段ボールを渡す。
「課長ありがとうございます!」
「やるじゃ~ん、かちょ~。ちょっと見直したよ」
「課長、すごい汗ですけど大丈夫ですか?」
「あ、ああ……大丈夫だ。悪いが先に戻っててくれないか?俺はもう少しここで探し物があるから」
「分かりました。では、お先に」
部下達は倉庫から出ていき、俺一人だけになる。
「評価を上げるのは……大変だな……」
俺は歯を食いしばりながら、痛めた腰をさすった。
木の根っこのように沢山別れている道。
僕は、主の脳の中に住んでいる。
主が思い出したい記憶を探し、思い出させるのが、記憶の冒険者である僕の役目だ。
記憶の地図を持っているので、どの記憶がどこにあるか大体把握している。
だからといって、主は僕に頼ってばかりなので、たまには自分で探してほしい。
さて、今日も主に頼まれた記憶を探しに行くか。
えーと……探す記憶は……。
“昨日の晩御飯は何を食べたか“
それぐらい自分で思い出せよっ!!!
主の脳内で文句を言いながら、昨日の記憶の道へ向かった。
シンと静まり返った実家の台所。
食器棚には、大量の皿とコップが並んでいる。
実家に親父が一人で住んでいたが、先日亡くなった。
俺は遺品整理のために来たけど、物が多くてどうしようか悩む。
皿とコップは家にあるし、処分でいいか……。
ふとテーブルの上を見ると、二つのマグカップが寄り添うように置かれていた。
ピンクのマグカップと、ブルーのマグカップ。
母さんと親父のマグカップだ。
よく二人でコーヒーを飲んでいたことを思い出す。
多分、親父は先に亡くなった母さんのマグカップを、母さんが座っていた席に置いて、一人でコーヒーを飲んでいたんだと思う。
そう思うと……少し切ない。
この二つのマグカップは持って帰ることにした。
持ち帰った母さんと親父のマグカップは、今では花瓶代わりにしている。
並んだ二つのマグカップには綺麗な花が咲いていて、寄り添いながらこっちを見ていた。
多くの人が空を見上げている河川敷の花火会場。
もしも君が退院したら、またここへ来ようと約束していたのに、君は遠くへ……行ってしまった。
ドーン!と大きい音を鳴らしながら、花火が打ち上がる。
夜空に、大きな光の花が咲く。
花火はこんなに綺麗なのに、心から感動出来ない。
やっぱり、君と一緒に見たかったよ……。
俺の気も知らず、次々と打ち上がっていく花火。
俺は、ただぼーっと花火を見ることしか出来なかった。
色んな音が混じり合う賑やかな都会。
どんなに周りで音がしていても、君の口から出る感情を乗せた言葉だけは聴き取れる。
だって、それは君だけのメロディだから。
「どうしたの?私のことじーっと見て」
「いや……別に、なんでもないさ」
「えー、気になるー」
今日も彼女は、色んな言葉のメロディを奏でていた。