今回は半年しか通えなかった小学校。
お父さんとお母さんの仕事の関係で、ぼくは何度も転校をしている。
クラスのみんなとは話をせず、友達を作らないようにしていた。
だって、いつまた転校するか分からないし、さみしい思いをするのはいやだから。
「元気でね」
「じゃあな」
「ばいばい」
転校するぼくに、クラスのみんなが別れのあいさつをしてきた。
どれも、よく言われるお決まりの言葉だ。
だけど、今回はちがった。
「またね!」
女の子が元気よく、ぼくに言った。
「あ、ああ……」
なんて返事をしたらいいか分からず、変な返事をしてしまう。
今までは、転校した小学校のことを思い出すことはなかったのに、この小学校と女の子が言った“またね!“の言葉は、いつまでも頭から離れなかった。
玄関を開けると入ってきた暖かくて柔らかい風。
家の中だと少し寒かったけど、外は思った以上に暖かい。
太陽が「これでもかっ!」ってくらいポカポカな光を出している。
ようやく、春が来たって感じだ。
羽織っていた冬の上着を脱ぎ、家の中へ放り投げた。
今日から、新しい学校生活が始まる。
私は春風と一緒に、学校へ向かった。
今まで沢山流した数々の涙。
悲し涙、笑い涙、嬉し涙、悔し涙……。
これらの涙を流したから、少しずつ成長していき、今の私がいる。
これからも色んな涙を流して、更に成長していくだろう。
あっ、注射器の針を刺された時に流す涙は、何度流しても成長しないからね?
……ただ痛いだけだから。
屋敷から少し離れた、草が一面に生えている広い草原。
見ているだけで、清々しい気分になる。
お嬢様が四つ葉のクローバーが欲しいというので、一緒に来た。
いや、連れてこられたのほうが正しいか。
お嬢様は、野に放たれた仔犬のように走っていってしまった。
私も急いで追いかける。
「はぁ……はぁ……お嬢様……走っては……はぁ……危ない……ですよ……はぁ……」
こんな全力で走ったのはいつぶりだろうか。
少し走っただけで息が上がってしまうとは……。
時間がある時に、身体を鍛えることにしよう。
「執事のくせに体力ないわね。さっ、ここで探しましょ!」
お嬢様はしゃがんで、四つ葉のクローバーを探し始めた。
私も息を整えてから、お嬢様の近くで探し始める。
見つけた!……と思ったら三つ葉か。
これも、これも、これも、これも。
まぁ、簡単に見つかったら苦労しないよな。
それにしても……。
「お嬢様、どうして四つ葉のクローバーが欲しいのですか?」
お嬢様に話しかけると、お嬢様は動かしていた手を止め、私の方を見た。
「それはね、あなたをここへ連れてきたかったの」
「はい?」
思ってもみなかった回答に、思わず変な声が出る。
「それは一体どういう意味です?」
「あなたは私と同い年なのに、屋敷ではガチガチのお地蔵様みたいに固くて、周りに気を遣いすぎているわ。私にもね」
……そんな風に見られていたのか。
“きちんと仕事をこなさなければ“という気持ちが、表に出てしまったのだろう。
「そんなあなたに気分転換をしてほしくて、ここへ連れてきたの」
「なるほど……。気を遣わせて申し訳ありません。お嬢様」
「そういうところよ!」
ビシッ!と私に指をさすお嬢様。
「自分のことも少しは気を遣いなさい」
「自分にも……?」
「そうよ。あと、自分の幸せもよ」
「私は、こうしてお嬢様のお世話が出来るだけで幸せです」
「ま、真顔で言わないでよっ」
なぜか照れているお嬢様。
私はお嬢様の近くにいられるだけで、幸せなのだ。
「そういえば、四つ葉のクローバー見つかりませんね」
「もう持ってるわよ」
「なぬっ!?」
驚きすぎて、またもや変な声が出てしまった。
「あなた、リアクションが面白いわね」
お嬢様はポケットから四つ葉のクローバーを取り出し、顔の横でくるくると回す。
「最近忙しかったから、久しぶりに楽しい時間を過ごせたわ。付き合ってくれてありがと」
パッと花が咲いたようなお嬢様の笑顔。
草原でお嬢様とゆっくり過ごす時間は、私には勿体ない幸せな時間だった。
寒さが長引き、急に暖かくなった四月。
夜まで暇潰しにベッドで寝転がっていると、スマホに電話が掛かってきた。
相手は、同じ学校のクラスの山下。
「よぉ!大樹!青春してるか!」
「いきなりなんだよ山下。急に暖かくなって頭がやられたか?」
「俺はいつでも健全だぞ。イヒヒ」
山下が下品な笑い方をしているということは……また何か企んでいるな。
今回は何をしようとしているんだ?
「で、要件は?」
「俺と夜桜見に行かないか?イヒヒ」
「はあ?なんで男同士で見に行かないといけないんだよ」
「絶好の花見スポットがあるのさ。場所取りはもうしてある。行かないか?」
「悪いな山下。俺は今夜、彼女と花見に行くから無理だ」
「最近出来たっていう彼女か……。そかそか、沢山青春してくれ。仕方ない。俺一人で覗くことにしよう」
「えっ?」
なんて言ったか聞き返そうとしたが、既に電話は切れていた。
ま、いっか。
夜のデートに備えて、少し仮眠しておこう。
彼女と来た場所は、隣町にある大きい公園。
公園内のあちこちに桜の木があり、隠れた花見スポットらしい。
桜は満開なのにライトアップはしておらず、折角の桜が残念に思える。
光は街灯のみで、少し薄暗い。
「大樹、ちょっと薄暗いね」
「そうだな……咲子、俺から離れるなよ」
「うんっ」
俺の手をぎゅっと握る咲子。
今日はピンクのワンピースを着ていて、まるで春が歩いているみたいだ。
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
久しぶりに会った咲子に見とれてしまっていた。
とりあえず、明るい所を探すことにしよう。
……気のせいだろうか?あちこちから人気を感じる。
目を凝らしてよく見ると、男女が抱き合っているのが見えた。
それも一組だけはなく、何組も……桜の下で……。
うおっ、キスしてる!
おおっ!そこまでやるか!外で!
おっと……つい興奮してしまった。
薄暗い公園で淫らな行為をしている男女。
綺麗な桜の下でやるなんて、乱れすぎだろ。
「やだ……皆あんなことしてる……」
咲子も、俺と同じものを見てしまったようだ。
「大樹……あんなことをするためにここへ来たの?」
咲子の声が少し震えている。
「ち、違うんだ咲子!そんなやましいことは……少しはあったけども……いや、そうじゃなくて!」
「やっぱりそうだったんだ……大樹のエッチ!変態!痴漢野郎!野外魔!」
咲子は俺の手を払い、走っていってしまった。
すぐに追いかけようとしたが、薄暗くてすぐに咲子を見失う。
「イヒヒ。大樹、見ていたぞ」
この下品な笑い方は……。
振り向くと、山下がいつの間にか立っていた。
手には、望遠鏡を握っている。
「どうしてここに山下がいるんだ?」
「電話で言っただろ?絶好の花見スポットがあるって」
「……覗きか」
「イヒヒ。花見だよ。花見。大樹も気分転換に一緒に見ようぜ」
「そうだな……今はそうしたい気分だし、存分見てやる!」
山下から望遠鏡を借り、二人で花見を満喫した。