特別な夜。
高級レストランで男女がテ―ブルを挟んで食事をしている。
窓から外を眺めるとビルやマンションの照明が宝石のように輝いている。
美しい夜景に魅入ってしまうほどだ。
「沙彩さん、君を一生大切にします。僕と結婚して下さい!」
僕は決心して言った。
「…嬉しいわ。こちらこそ、よろしくお願いします」
沙彩さんは笑顔で返事した。
「やったあぁぁぁぁぁ!」
僕は喜びのあまり子供のようにはしゃいでしまった。
特別な夜とは、人が羨むような素敵な方と交際が成立した事か、何か成功を手に入れた夜だと解釈してます。
残念ながら僕はまだ手に入れてない。
少年老い易く学成り難し。
半世紀以上過ぎたが、幸いまだ時間はある。
日々の努力を怠らず特別な夜を迎えたい。
海の底。
海の底は漆黒の闇。
そこは強烈な水圧で普通の魚は生存出来ない。
リュウグウノツカイやダイオウイカなど奇怪な生物の縄張りだ。
当然、人間は死ぬ。
なので、海の底が人生のドン底に例えるなら、
今の僕は海辺で生活している。
正直、将来の心配はない。
だが、ここに至るまでは順風満帆ではなかった。
本当に苦労した。
「お前は将来貧乏暮らしをする!」
なんて兄達に酷い事を言われたりした。
仕事で挫折したが、同じ失敗しないように学習した。
理不尽な事も金の為と我慢した。
日常では物を大切に扱い質素倹約に努めた。
なので欲しい物はいつでも購入できる。
独身の特権だ。
もしも、僕みたい失敬な事を言われたら、
お前の予想なんか当たるか!!
と言い返してもいいし、結果で見返してやればいい。
ただ、たとえ地位と名誉のある富裕層でも、過ちを犯せば波にさらわれて海の底に沈む事になる。
僕も魔が差す事なく道を歩んでいきたい。
君に会いたくて。
僕は長時間のフライトを終えて、横浜空港に降り立った。
やがてロビーにたどり着き、大勢の観客の中から一人の女性を探し出した。
「淑恵さん!」
僕は声をかけた。
「あ、風雪さん!!」
女性は喜びの声を上げた。
二人は歓迎のあまり力強く互いの手を握った。
本当は抱きしめたかったが、周囲の目を考慮して遠慮した。
「宮崎県からようこそ、遠い所からわざわざありがとう」
淑恵さんは感謝を述べた。
「淑恵さんのような優しくて美人ならお安い御用だよ」
僕は言った。
「相変わらずお上手ね…。とりあえず、創作料理の美味しいお店で乾杯しましょう」
「うん、僕は幸せだな…」
二人は楽しい時間を過ごした。
なんて…。
こんな素敵な方がいたら労力は惜しまないんだけどね…。
閉ざされた日記。
閉ざされた日記を僕は紐解いた。
昨日までの膨大な出来事が書かれている。
この日記は一つだけ出来事を書き換える事ができる。
僕は中学一年生時代のページを開き、(優秀な家庭教師から3年間勉強を教われる)と書き直した。
日記からまばゆい光が放たれて、僕を包みこんだ。
なんと、中学一年生時代の自宅の食卓にタイムスリップした。
「家庭教師を雇ってほしい?なんでだ?」
父は聞いた。
「僕は勉強が苦手だからこのままだと挫折する。家族に迷惑をかけてしまう。それが嫌なんだ」
僕は答えた。
「…将来に役立つ事だし、いいだろう。ただ田舎だから探すのが大変だな…」
「ありがとう!」
こうして僕は高校は進学校に入学し、卒業後は公務員に就業した。
職場で出逢えた女性と結婚し、一人の子供を授かり今日に至る。
残念ながら過去に戻って人生をやり直す事は誰にも出来ない。
与えられた能力、条件で日々生きていくしかない。
たった一度の人生、明るく楽しく後悔のないように歩みたい。
木枯らし。
木枯らしが吹く深夜に男が駐車場にいる。
「ピ−ピ−」。
僕は暗闇に向かって口笛を吹いた。
すると青い目が二つ光り、こちらに近づいて来た。
野良猫だ。
頭が茶色、体は白、しっぽが白黒のトルコ猫。
タ−キッシュバンである。
ペットショップにいてもおかしくない美しい猫だ。
左耳が少しカットされた去勢済みのメス猫である。
僕はエサを入れた皿を差し出した。
トルコ猫はエサにがっつき平らげた。
「相変わらずいい食べっぷりだな」
僕は話した。
「いつもお腹が空いているから当然よ。今日は遅かったじゃない」
トルコ猫は鳴いた。
男と猫はスマホの猫翻訳アプリを介して会話している。
「仕事が長引いたんだよ」
「仕事?」
「君らの狩りみたいなもんだよ」
「ふ〜ん、あなた達もそんなことしてるのね。てっきり好きな事をして遊んでると思ってたわ」
「それはないな」
「ところで、いつもタダでご飯いただいて悪いから、お礼に今度ネズミを持っているわ」
「いや、大丈夫!気持ちだけ受けもらっておくよ」
僕は丁重にお断りした。
「あら、そう、なんか悪いわね」
「その代わりにマッサージをさせて」
僕は猫の頭を撫で撫でした。
トルコ猫は気持ち良さそうにしている。
「レディに言う事じゃないが、トイレは川岸でやってくれ、くれぐれも人に迷惑かけないようにな」
「分かってるわ、他の野良猫にも言っとくわ」
「そうしてくれ。あと、猫ハウスに湯たんぽ入れておいたから」
「ありがとう、助かるわ」
「トルコ猫ちゃん」
「何?」
「死ぬなよ!車や悪い人間には気をつけろよ!」
「分かったわ!あなたもね!今日もありがとう!」
野良猫は暗闇に消えていった。
なんてことが出来れば人と猫が共存できるのに…。