日照時間が伸びて、日が沈んでも蒸すように暑い。
薄着で寝ていると、遠くの方から耳障りな音が聞こえる。
音が近づていてきて鼓膜の近くで鳴っている。耳を叩くが、容易く逃がされてしまう。
蚊は雌しか刺さない。それも、繁殖のために。
雄の蚊は花の蜜で満足するらしい。
人間側のメリットなど一個もない。
繁殖のために吸われて痒みに襲われる。
叩き潰せる小さな命を敢えて、潰さない。
また耳元で羽音を鳴らす。
蚊の鳴くような声とは小さい声をイメージするが、中々の大声だろう。弱々しい印象は実際の蚊からは得られない。
繁殖のために別種の生き物の血を吸う、強者だとすら思う。腫れた跡は熱を持って疼く。
その痒さを、繁殖のためと許される搾取構造を、いつから私の癖で捻じ曲げたのだろう。
殺そうとしているのに殺せない、
蚊は雌しか刺さず、それも繁殖のためである、
それはつまり、踏み台にされているようなものなのだ。
蚊から見れば血液供給機に過ぎない。
長年の物であった、誰にも選ばれないという思考が確信を帯びる。そもそも選ばれることを望んでいるのか、選ばれないことに悦を感じているのではないか。
そんなことを思うが、痒みを前にしては思考は無力だ。
犬が足で体を掻くように、滑稽に掻きむしる。
こちら側にメリットがない事をすることで、被害者な自分に浸れる。
ただの蚊の吸血からそんなことを思う、私は異常者以外の何者でもない。
よく分かりました。
大人になったとて、人間的に良くなるわけではないと。
図体だけ大きくなり、歳を重ねるだけだと。
家庭環境やいじめなどでトラウマを抱えたまま、大人になると余計に拗れることも。
自分の加害には無自覚で自分は被害者だと、思いながら人を傷つける、母がそうでした。
子供のように自分が一番辛くありたい、自分を一番気にしてほしい、それを行動原理にする貴方は子供のままですね。こんな、中身が子供のような、未成熟な人間と行為をした父を尊敬しますよ。それが母となり、子の給料を集り、交通費がないと縋りつく、これまでに類を見ない逆転現象。
貴方のお陰で大人への幻想は、無事、打ち砕かれました。
けれど、よかったと思うのです。
幻想を打ち砕かれた時のこんな人だとは思っていなかったと、無責任な他責をするような人間にならずに済んだのですから。貴方は人生楽しそうだと私に言って聞かせた。
楽しそうと楽しいの違いも見分けられないのですね。
そもそも何故、一瞬だけを見て人生楽しそうだと言えるのですか。作品を一瞬だけ見て批評してるような物だ。
人の言葉なんぞに意味はなく、主観であり、信じるに値しない物なのだけれども、意味があるかないかも、個人の判断基準に寄るもので、その判断基準には趣味嗜好、機嫌、など様々なものが関係している。好き勝手に意味がある、意味がない、と批評家気取りをすればいい。
久々に悪い夢を見た。
実家に似ているが、更に広く天井の高い家に、家族と遊んだ男全員がいた。修羅場でもなく男たちは普通に家族と話していた。が、記憶がないといったわけでもない。
夢特有のブツ切りの場面転換で、私は度々、1人になる。
あまりにも静かすぎる室内に不気味さを感じ、眉を顰め、肩をすくめながら歩いていく。長い長い廊下を歩いていく。そうして、喋り声がする障子を開けると、こちらに視線が来る。睨むまではいかないが、鋭い視線が飛んでくる。私は何も言わずに部屋を出る。勿論、止めるやつはいない。姉の名前を呼ぶ複数の声がして、私は足を早めた。
なんで、なんで、と脳内でこだまする。
私の足音と脳内のなんでが重なる。
不快で耳障りな二重奏だ。
目を見開き、息を荒くして、我を忘れるが、
途切れ途切れの呼吸になりながら、そうだ。姉の方が優秀である。姉の方が見た目も良くて、コミュ力もあって、努力家だ、そして彼氏もいる。姉と私を比べればその差は一目瞭然である。大多数が姉を選ぶだろう。
壁にもたれて考えていたら、また場面が変わる。
なんとも無慈悲だ。夢ですらも目まぐるしく展開し、息つく間もないのである。
初めて会った男と天井の高いお座敷に二人。
距離は遠い。親密な雰囲気はなく、異常な程に静かだ。
「姉みたいになったら?」
交わされた言葉はこの一語のみ。
冷たく言った想像をするかもしれないが、語尾に笑みがついていたのを私は見逃さなかった。
それは見下しの笑み、嘲笑か、それとも優しく提案してくれているのか、後者はあり得ないだろう。
何も返すことができずに、広すぎる座敷の真ん中で俯く。
孤独を助長させるかのような広さだ。
貴方の部屋は狭いアパートだったじゃないか。
孤独すら気にする余裕のない狭い一室。
貴方は「狭くてごめん」と言っていたが、
私は「狭い方が落ち着くから」と言った。
相手は嘘だと笑ったが、あれは本当である。
広すぎる部屋は孤独感と様々な負の感情を助長させる。
余白を虚無に捉えてしまうからいけないのか。
寝る直前に貴方と話していたからこんな夢を見たのだろうか。起きてすぐ、頬が冷たいことから泣いていたことを知る。自嘲に浸り目線を逸らしながら、私と姉となら姉を選ぶのは当然のことじゃないか。何を今更、
私である必要性などない。私を選ぶ人間などいない。
当然の結果だ。むしろ、良くやった。正当な方を選んだのだ。そう、おかしいと思ったんだ。私を好きなはずがない。私なんかを好きになるはずがいないからだ。
こんな夢を見ていても、未だ、好きと言えないのが笑えてくる。素っ気ない言葉ばかり吐き出すくせに、喋り声が渦巻く居酒屋で饒舌になって、他の男の話をして嫉妬をさせようなんぞ試みる、変な方向での大胆さは持っているところも、見ていられない。
姉ならば彼氏にするのと同じように、素直に甘えて、好きと言って、自分から話しかけられて、
姉には彼氏がいる、だから他の大多数に選ばれる心配はない。それが救いである。醜い救いだ。他人の幸せを、ましてや、血縁者の幸福を喜べず、そればかりか、もう選ばれることはないと安堵しているのだから。