お題《目にしているのは》
泡沫に散るあやかし。
この想いは永遠に――。
茜空に咲く桜の見つめる景色の先には、いつもあの少女がいた。いつもこの丘を歌を紡ぎながら通っていく、その度ここは美しくなるのだ。
負の言霊や感情でよどんだこの空気を清らかにし、植物に生命を与え、枯れたものは再生する。そして何より人の目に普通ならば映ることのないあやかしたちまでもが、少女の歌を聴きに来る。――そういう私もあの少女のファンなのだが。
桜は今日もあの少女を待つ。
しかしいつもの時間になっても少女は来ない。桜がどうしたのだろうかと思案していると、慌てたように鳥のあやかしがやってきた。
「大変だ大変だ! 歌の娘が事故にあって命が危ないって、人間たちが騒いでいたぞ!!」
その真実は桜の花弁を散らした。
――嘘だ。昨日もここを通って、あの歌を……。
少女の歌が今も聴こえるのに。告げられた真実は哀しく冷たい、本来ならば干渉すべきじゃない。でもそれは――あのやさしい歌を殺すことだ。
桜が光始める。
鳥のあやかしがぎょっとする。
「おいまさか……おまえ!!」
――ああ。しかし命を捨てるのではない、あの歌を、ずっと聴いていたいからだ。
「……そうか。おれは止めねぇよ、おまえが決めたんだから。またな」
花弁を散らしながら、桜は想った。
これは犠牲じゃない。
あやかしが命を散らす時は、それは想いを懸ける時だ――。
あの歌が聴こえる。この想いは、永遠にあの歌とともに。
お題《優越感、劣等感》
月になりたかった。
僕の抱いた夜の底を照らしてくれる月。僕は月に憧れてる、ずっと。
太陽になりたかった。
僕の胸には輝くものがない。僕は太陽に焦れている、ずっと。
それでも僕は僕が誇りなんだ。
《人》には《人》の、《自分》の素晴らしさがあるから。
お題《これまでずっと、自分の素を出せなかった》
今日も表情を消すんだ。
日常を游ぐことに疲れてしまったんだ。
毎日誰かが誰かの毒を吐く。
毎日誰かが誰かを傷つける。
毎日愛想笑い、嘘でとりつくろって。
今日も表情を消すんだ。
日常を游ぐことに疲れてしまったんだ。
それでも誰かが、やさしい。
だからそれでいいんだ。
お題《1件のLINE》
どんな憂鬱な日々もその笑顔が道標だったよ。
迷った時。
立ち止まった時。
おまえだけが光だった。
いつか夜を越えることができたら、逢いにいくよ。
だから今だけは泣かせて。今だけは……。
この雨がやむまでは――。
部屋の片隅で、ただ泣いた。声の限り。
スマートフォンの画面には笑顔のふたり。
雨音がかき消す、世界が音をたてて崩れてゆく。
お題《朝、目が覚めると泣いていた》
夢だとわかっていた。
夢だと、思いたかった。
朝焼けのようにまぶしい笑顔。
あの日解けてしまった、繋いだ手。
「おそろいだね」
君がくれたダイヤモンドの指輪。
君がくれたテディベアのぬいぐるみ。
君がくれた未来は、もう叶わない。
ありがとうも。
さようならも。
――なにも、つたえられずに。
つたえられないやりきれなさは、今も哀しみの雨となって私の心に染み込むの。
人魚姫にもなれない嘘月の私。