月下の胡蝶

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お題《目にしているのは》


泡沫に散るあやかし。


この想いは永遠に――。





茜空に咲く桜の見つめる景色の先には、いつもあの少女がいた。いつもこの丘を歌を紡ぎながら通っていく、その度ここは美しくなるのだ。


負の言霊や感情でよどんだこの空気を清らかにし、植物に生命を与え、枯れたものは再生する。そして何より人の目に普通ならば映ることのないあやかしたちまでもが、少女の歌を聴きに来る。――そういう私もあの少女のファンなのだが。



桜は今日もあの少女を待つ。


しかしいつもの時間になっても少女は来ない。桜がどうしたのだろうかと思案していると、慌てたように鳥のあやかしがやってきた。



「大変だ大変だ! 歌の娘が事故にあって命が危ないって、人間たちが騒いでいたぞ!!」



その真実は桜の花弁を散らした。



――嘘だ。昨日もここを通って、あの歌を……。


少女の歌が今も聴こえるのに。告げられた真実は哀しく冷たい、本来ならば干渉すべきじゃない。でもそれは――あのやさしい歌を殺すことだ。



桜が光始める。


鳥のあやかしがぎょっとする。


「おいまさか……おまえ!!」


――ああ。しかし命を捨てるのではない、あの歌を、ずっと聴いていたいからだ。


「……そうか。おれは止めねぇよ、おまえが決めたんだから。またな」




花弁を散らしながら、桜は想った。



これは犠牲じゃない。


あやかしが命を散らす時は、それは想いを懸ける時だ――。




あの歌が聴こえる。この想いは、永遠にあの歌とともに。


7/14/2022, 11:03:08 AM